初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「旦那様。わたくしのことはお気になさらず。もう少し、こちらで休んでおりますので」
「奥方様、申し訳ありません。少し、閣下をお借りいたします」
 ミラーンは、ヒシッと腰を曲げる。
 その場を離れるイグナーツは、五歩進んでは振り返り、また五歩進んではオネルヴァの様子を確認し、さらに五歩進んで振り返ると、いい加減、ミラーンに腕を引っ張られるようにして連れていかれた。
 城内からは、窓越しに光と音楽が漏れ出てくる。それに視線と耳を傾けながら、オネルヴァはぼんやりと空を眺めていた。
 イグナーツとの関係がわからない。『家族』であり『妻』でありながらも、本当の『妻』ではない。彼は、妻はいらないと言っていたからだ。
 だからこの三か月は、エルシーの『母』として、彼の『見かけだけの妻』として、オネルヴァなりに考えて行動していたつもりであった。
 しかし、治療と称して唇を重ね、共寝し始めてから、彼の態度が変わったようにも感じる。それも、日が過ぎるにつれ徐々に変わってきたのだ。
 イグナーツがわからないといえばわからない。もしかしたら、エルシーの母親役として不十分なのではないだろうかと、そう不安に駆られるときもある。それくらい、彼がわからない。
 オネルヴァはイグナーツにとってはただの『治療役』なのだ。
 だから、期待してはならない。
 膝の上の手を、ぐっと握りしめた。
 空には、数えきれないほどの星が瞬いている。
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