初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「旦那様がよく街に足を運ばれるとお聞きして、わたくしも行ってみたいと思ったのです」
「エルシーもいきたいです」
 元気に声をあげたエルシーの口の端には、ケーキのクリームがついていた。オネルヴァはそれを拭った指を、ぺろっと舐める。
「あら、エルシーの食べているケーキは美味しいですね」
「奥様もお食べになりますか?」
「いえ。わたくしはこちらのお菓子で十分です。これ以上食べてしまうと、せっかくのお夕食が食べられなくなってしまいますから」
 ヘニーはオネルヴァの答えなどわかっていたはずだ。だから、あえて彼女にはケーキを出さなかった。少しずつ食べる量も増えてきているオネルヴァだが、それでも他の者と比べると食は細い。
「今日のお夕飯は、エルシーお嬢様の大好きな人参のスープですよ?」
 ヘニーの言葉にエルシーは顔を歪ませた。

 オネルヴァは朝から客人を迎え入れる準備で忙しなく動いていた。それでも、昼過ぎから街へ足を運べるという高揚感が疲れをどこかに置き去ってきたようだ。
「では、私が案内させていただきますね」
 いつもの軍服とは異なる平服姿のミラーンは、どこか新鮮である。
 オネルヴァも簡素な萌黄色のワンピースに着替えているし、エルシーもお揃いのワンピースである。
「あ、でも。閣下には内緒にしてください。私が、奥様とお嬢様を街へ連れて行ったと知ったら……叱られる気がします」
「まぁ。でしたら、わたくしから旦那様に叱らないように言いますから。こちらの我儘でミラーンさんにご迷惑をおかけするのは心苦しいです」
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