初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 イグナーツは軽く息を吐く。
「君がそんなに不安になるのであれば、こちらも本音を口にしよう」
 ぴくっとオネルヴァの身体が震えた。
「君が『無力』でありながら君を迎えたのはエルシーのためだ」
「エルシーのため、ですか?」
 ああ、と彼は大きく頷く。
「俺に妻は必要ない。だが、エルシーに母親は必要だ。君に求めるのは、エルシーの母親役。母親としての役割を果たしてくれれば、俺は何も言わない。例え君が『無力』であったとしても」
 オネルヴァは、膝の上においていた両手で、思わずドレスをぎゅっと握りしめた。
「それが、わたくしがここに存在する理由ですか?」
「そうだ。幸いなことに、エルシーも君になついている。それに、君がここに来てから、エルシーも明るくなったし、勉強にも前向きに取り組んでいる」
 エルシーはオネルヴァのことを「お母さま、お母さま」と慕ってくれている。
「はい」
 そうやって理由を与えられたほうが、『無力』であっても、気兼ねなくここにいられる。
「ありがとうございます」
 オネルヴァの言葉にイグナーツは何も返さない。ただ、黙々とケーキを食べていた。
 オネルヴァも自ら取り分けたケーキを一口食べた。彼女が取り分けたケーキは、イグナーツの半分にも満たない量だった。
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