初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 気がついたらあの離宮にいた。身の世話をしてくれたのは乳母。だがその乳母も、オネルヴァが十歳を過ぎた頃に、忽然と姿を消した。
 それ以降、オネルヴァは自身のことは自身で行うようになる。必要なものは定期的に運ばれてきたが、掃除や洗濯はもちろんオネルヴァが行っていた。
 そして、礼儀作法を身につけるための授業を定期的に受ける。
 それがオネルヴァの生活だった。
 それでも今は、右手に小さな温もりがある。オネルヴァをお母さま、お母さまと慕ってくれるエルシーだ。
 彼女の母親役として、合格だろうか。それをイグナーツに聞いてみたいような気がした。
「そろそろ朝食の時間になりますね。戻りましょうか」
「はい」
 オネルヴァは右手の温もりをしっかりと握りしめ、屋敷に向かって歩き出した。
 身支度を整えて食堂に向かうと、イグナーツがすでにそこに座っていた。
「エルシー、散歩はどうだった?」
「お母さまと一緒に、匂い袋を作る約束をしました」
「そうか。それはよかったな」
「今度はお父さまも一緒にお散歩しましょう」
 パトリックが椅子を引いたところで、エルシーはちょこんと座った。
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