二次元に妻を奪われたくないスパダリ夫は、壮大すぎる溺愛計画を実行する
 香澄の人生には、心臓が止まりそうな程のショックを与えられた場面が複数回ある。
 そのどれもが、香澄の人生にとってのターニングポイントになったもの。
 例えば、父親の葬式で棺桶の蓋が閉じられ、永遠にこの世でその姿を見られなくなること嫌でも認識させられた時。
 外で倒れた時に、母親から「金泥棒!」と罵られた時。
 それから、祖母から父親の遺骨を墓に入れようかと提案された時。
 そして、帰宅したら祖母がソファの上で二度と起き上がらない、冷たい銅像のようになっていた時。
 その全ては、香澄の胸の痛みと共にありありと思い出せてしまう。
 ただ、そこから少し年月が経った後に胸の痛みは、少し違った。
 高級レストランでカップルを観察していた時に降りかかったお酒の味。
 そこで出会った芸能人よりずっと綺麗な男性にスイートルームのお風呂に押し込まれた時。
 その綺麗な顔で「二次元じゃできないこと、教えてあげる」と言われてすぐ、ベッドに連れて行かれた時。
 初めて、男の人を体内に入れた時。
 でも怖くなって全財産置いてホテルからとんずらした時。
 そうかと思えば、イヤイヤ呼び出された弁護寺事務所でソファドンされながら「忘れ物は僕」と迫られた時……。
 香澄の心臓は、確かに痛かった。
 でも、その痛みは嫌なものじゃないと後で知った。
 その痛みを乗り越えた先に、最高の喜びがあることも、痛みを与えてくれた人が教えてくれた。
 そのおかげで、香澄も、香澄の中にいる赤ちゃんもこうして生きている。
 そう。だからきっと。

「きゃあああああああ!!!」
「か、香澄!?」
「ひやあああああああああああああ!!!!!!ごめんなさいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」

 香澄は涼の姿を認めてすぐ……お腹の赤ちゃんのことを頭の片隅に入れていたので……某超有名お笑い芸人がやるような小走りでリビングから退散して拓人の仕事部屋に逃げ込んだとして、これもまた、自分にとってのターニングポイントになるのではないか、という可能性も、後にではあるが思えるようにはなっていた。
 もちろん、この時はそんな場合じゃねえ状態だったのは言うまでもなく。
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