恋はひと匙の魔法から
「……もしかして、それって先週の土曜?」

 ため息が混じった西岡の言葉に、透子の胸が痛いほど締め付けられる。

(やっぱりそうだったんだ……)

 いくら予想していたこととはいえ、改めて知らしめられると頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。
 続きを聞くことが怖くなってそのまま逃げ出してしまいたくなる。それでもなんとか踏みとどまり、透子は西岡の方を見ることができないまま俯き加減に頷いた。

「あの日、兄の店であの記事を見て吃驚して、ご迷惑かと思ったんですけどどうしても西岡さんに本当かどうか聞きたくて、お家の近くまで行ったんです。そしたらその……工藤さんと会って……」
「……あいつに何か言われた?」

 普段よりも一段低い声が耳に飛び込んできて透子が顔を上げると、険しい顔でこちらを見つめる西岡と目が合った。
 その力強い眼差しに圧倒されながら、透子はふるふると首を振る。

「いえ。ただ、私が仕事で来たと思われたようで、西岡さんは家にいるから、よければ部屋にも案内するって……」

 主観は混ぜないよう事実だけを述べると、向かいの水卜が顔を引き攣らせながら「うわぁ」とひるんだような声を発した。
 西岡は依然として眉根を寄せ、難しい顔をしたままだ。

「あの、やっぱり工藤さんは西岡さんのお家にいらっしゃったんですよね……?」
 
 意を決してそう尋ねる。すると、西岡は苦々しく唇を引き結び肯いた。
 その答えに打ちのめされ、透子の瞳が不安で揺れる。早鐘を撞くように胸が騒ぎ、息も苦しくなる。呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだった。
 青ざめる透子を前に、西岡はギリっと奥歯を噛み締め、そして憂いを薙ぎ払うような強い口調で「違うんだ」と否定した。

「俺が呼んだわけじゃない。家に帰ったらあいつが勝手に部屋にいて……信じられないかもしれないけど……」
「え?あの、勝手にって……?」

 勝手に家にいたなんて、そんなことあり得るんだろうか。鍵をかけ忘れていたとか……?
 どう考えても不可解な状況に透子は目を白黒させるが、焼き鳥を齧りながら同じように話を聞いていた水卜は胡乱な目つきで西岡を見据えている。

「ま、大体想像はつくけど。回収し忘れてた合鍵使ったとかそんなんだろ」
「…………普通別れたら返すだろ」
「そうだけど、普通は忘れない」

 呆れ笑いを浮かべる水卜へ、西岡は返す言葉を見つけられないようで、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
 一方で、透子の中では英美里に対する劣等感が頭をもたげていた。合鍵を渡されていた英美里の方が彼の信頼を勝ち取っていたような気持ちになり、元々ベコベコに凹んでいた自信がさらに踏みつけられる。
 シュンと気落ちしていると、西岡が真剣な面持ちで再び透子の方を向いた。

< 103 / 131 >

この作品をシェア

pagetop