恋はひと匙の魔法から
「あいつに復縁してほしいって言われたけど、断った。それだけだ。何もなかったから信じて欲しい」
「……良かったんですか?合鍵渡すくらい仲良かったのに……。それに写真だって……。私の知らないところで、二人で会ってたんじゃないんですか?この前の、大学時代のお友達と飲みに行ったっていうの、あれも工藤さんがいたんですよね?テレビ局で話してたの、聞こえてました。本当はその時も二人で会ってたんじゃないんですか……?」

 コールタールのように胸に黒く渦巻いていた醜い感情が溢れてくる。
 こんな面倒極まりない、嫉妬を押し固めた言葉は言うべきじゃない。
 透子の中のいい子がそう諭しているのに、口は止まらずに思ったことをそのままに吐き出している。
 西岡は黙って透子が話すのを聞いていた。そして言葉が途切れると、膝に置いていた透子の手を取り、ギュッと力強く、それこそ手の痕がついてしまいそうなほど、痛いくらいに強く握った。

「違う。別れてから、あいつと二人で会ったことなんてない。確かに同期の飲み会であいつも来たし、週刊誌の写真もその時撮られたやつだと思うけど、周りにちゃんと他のやつもいたよ。何ならその時来てたやつに今電話する。合鍵も、初めに付き合ってた時に言われたから渡しただけだ。別にあいつが特別だったとか、そんなんじゃないから」

 真摯な瞳が真っ直ぐに透子を射貫く。そこには摂氏一万度の情熱を秘めた青い炎が宿っていて、透子は気圧されて何も言えなくなる。
 椅子を引き、透子との距離を一つ詰めると西岡はさらに言い募った。

「俺が好きなのは透子だって、どうやったら信じてくれる?」
「えっと、あの……」
「西岡、透子ちゃん引いてる」

 ケラケラと陽気に笑う水卜の声で、透子は二人きりの空間から現実に引き戻された。まだ心臓がドキドキと高鳴り続けている。
 だが、どことなく周囲が静かなような気がして見回すと、隣のテーブルに座る若いビジネスマンの一人と目が合った。が、彼はスッと気まずげに目を逸らした。
 これは、確実に、バッチリと、会話を聞かれていたに違いない。
 透子が恥ずかしさのあまり、握られていない方の手で顔を覆い隠した。その様子を見て、また水卜が笑い声を上げている。

「許してやってよ、透子ちゃん。こいつ相当本気だよ。俺、西岡が恋愛でこんなに必死になってるの見たことないもん」

 そう背中を押され、透子はおずおずと西岡を見やった。彼はずっと透子の手を縋るように握り、その瞳には少し翳りも浮かんで見える。
 この人が嘘を言っているようには思えない。透子の胸が切なさでキュッと締め付けられた。
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