恋はひと匙の魔法から
「……本当に、結婚しないんですよね?」
「当たり前だろ。そんな話、出たこともないよ。俺には透子だけだ」

 念を押すように尋ねると、西岡は表情を和らげて透子の頭部を撫でる。

「不安にさせてごめん」

 西岡が長い指の背を透子の目尻に押し当てる。そこで初めて、透子は自分が涙ぐんでいたことに気がついた。
 瞼に溜まった雫を拭う西岡の手つきは優しく、透子は胸のつかえが下りるのを感じた。

(西岡さんのこと、好きでいていいんだ……)

 先週からずっと心を偽り抑圧していた。その枷を外すことを許され、ずっと強張っていた全身の力が抜けた。きっと椅子に座っていなかったら、その場でへたり込んでいただろう。
 瞬きをして涙を散らした透子はもう大丈夫というように、少々ぎこちない笑みを浮かべ西岡へ微笑みかける。
 すると、その様子を見守っていた水卜がジョッキに残っていたビールを一気に呷り、飲み干すと同時に席を立った。

「じゃあ、邪魔者はここらで退散するとしますか。よかったね、透子ちゃん。仲直りできて」
「あ、あの、ありがとうございます!お騒がせして、すみません……」
「悪いな、水卜。色々助かった」
「いいよいいよ。今度寿司でも奢ってくれれば」
「分かったよ」

 カラリと笑い飛ばした水卜は西岡の肩を軽く小突くと、その場を去っていった。
 
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