恋はひと匙の魔法から
 なるべく平然とした表情を装って、千晃へオーダーを取り次いだところまでは良かったのだが。彼は怪訝そうに眉を顰めると、透子へ顔を近づけた。

「……どうかした?」
「あれ、おまえのとこの社長だよな?」

 千晃は西岡の座る席へ目をやった。透子の心臓が動揺で大きく跳ねる。

「そ、そうだね……」

 内心は焦りまくっているが、誤魔化すのも変なので正直に答える。すると千晃の目がさらに胡乱げなものに変わった。

「仕事?いや、違うよな。おまえに会いに来たの?」
「たまたま通りかかったからって言ってたよ。別に私に会いに来たってわけじゃ……」
「本当かぁ?」

 淀みない手つきでコーヒーマシンを操作しながら、千晃は信じられないと言わんばかりに首を捻った。心の裏側まで見透かされそうな鋭い視線に晒され、透子の背筋に冷や汗が流れる。
 一刻も早くコーヒーの抽出が終わることを祈っていると、その祈りが通じたのか、プシュと音を立ててコーヒーマシンが停止した。
 すぐさまカップを受け取ってこの場から逃げようと手を伸ばしたが、ペチッと手の甲を軽く叩かれ払い除けられた。

「俺が行く」
「なんで?!」
「そりゃあ、結婚相手がいるのに部下に粉かけるような男には釘刺しとかないとだろ」
「やめてよ、そんなんじゃないってば!」

 今にも食ってかかりそうな凶悪な顔つきでコーヒーカップを手に厨房を出て行く千晃を、透子は慌てて追いかける。
 
 普段シスコンの気はない千晃だが、透子の異性関係にだけは異様に懐疑的で詮索したがる傾向にあった。
 それは初めての彼氏にこっぴどくフラれた透子の過去に端を発していて、自分を案じているのだと理解はしているのだが。
 透子ももう四捨五入したら三十歳だ。流石にもうそんな心配をされるほど幼くはないので、御免被りたい。
 
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