恋はひと匙の魔法から
 紆余曲折を経て出来上がったカレーライスがようやく透子の前に差し出された。
 向かいに座る西岡は撫然とした表情でこちらを見つめている。自分が作り出したものの出来に納得がいっていないようで、先程からしきりにため息を吐いている。 今、彼の肺を覗き見ることができたならば、恐らくぺしゃんこになっているに違いない。
 力強い眼差しに射抜かれ、食事の場にはそぐわない緊張感に晒されながら、彼お手製のカレーライスにスプーンを差し入れた。

 一口食べた感想は、意外と美味しい、だった。落ち込み具合を見るに相当派手な失敗をしたのかと思っていたのだが、そんなことはなかった。
 煮込んだ後に水を足したのか水っぽい気はするものの、味を損なうほどではない。野菜が芯を残していて少し硬いくらいで「普通に美味しい」カレーである。
 何よりも彼が作ってくれたということが透子にとっては特別で、その点においてこのカレーは普通の域を超えていた。

「とっても美味しいです」
「……お世辞はいいよ。野菜は硬いし、なんか水っぽいし」

 西岡はいじけた態度でカレーをつついている。
 そして笑顔で食べ進める透子を見て、悔しげに顔を歪めたかと思うと、肺の中の空気を全て出し切ってしまいそうなほどのため息をついた。

「透子はさ、俺が料理目当てって思ってたんだろ?弁当作れないって言った時もすごい気にしてたし。だから料理なんか別にしなくったって、俺は透子が好きだし、なんならこれからは俺が飯作るよってカッコつけて言いたかったんだよ。まあ、結果このザマなんだけど」

 肩をすくめて嗤笑する西岡に、透子は何も言えなかった。奔流となって胸を打つこの感情を言い表す言葉を見つけることができなかったから。
 彼の手に刻まれた痛々しいほどの無数の傷も、散々な状態のキッチンも、全てが愛おしくてたまらなくなるほど、透子の心は歓喜で震えていた。意図せず目頭が熱くなり、視界がじんわりと滲む。

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