恋はひと匙の魔法から
 夕貴の婚約者――雅人は、西岡が起業前に勤めていた大手広告代理店に勤務しており、西岡の元後輩だ。
 そして、彼は透子にとって恩人とも言えるべき人だった。
 夕貴から透子がパワハラで仕事を辞めたという話を聞き、当時事業の滑り出しに合わせて会社の規模を拡大しようとしていた西岡に透子を紹介してくれたのだ。彼がいなかったら、透子はフェリキタスに入社することはなかっただろう。
 
 夕貴に紹介され、何度か雅人本人と会ったこともあるが、気さくで感じの良い人だった。
 彼は夕貴が大好きだという態度を憚ることなく前面に出していて、透子が一緒にいようがお構いなしな節がある。見ているこちらが恥ずかしくなるほどだ。
 そんな雅人が、隠れて合コンに行っているとはとても思えない。

「雅人さん、夕貴大好きだし合コンはないんじゃない?」

 透子がそう言うと、途端に夕貴はマスカラで縁取られた大きな瞳をうるうると滲ませる。
 
「うん…………分かってるぅ……分かってるんだけど……でも、寂しいの!」
「うん、そうだよね。そりゃあ寂しいよね」
「とうこぉ……」

 アルコールのせいで涙腺が緩くなった夕貴は唇をギュッと噛み締めて涙を堪えている。透子は苦笑しながらティッシュを一枚引き抜いて彼女に手渡す。
 その時、スマートフォンの着信を知らせる振動音が部屋に響いた。透子のものではなく、夕貴のものだ。
 こちらを窺い見る夕貴の眼差しから相手が誰であるかを察した透子が頷くと、夕貴は廊下へと出て行った。
 
 一人残された透子は、缶の中に僅かに残っていたビールを一口で飲み干した。
 まだお腹には余裕がある。透子はキッチンワゴンからパスタを取り出して茹でることにした。同時にフライパンにオリーブオイルを注ぎ、ツナと大葉をニンニクで炒める。
 換気扇の回る音とフライパンで油が弾ける音がキッチンに響く。廊下から時折漏れ聞こえてくるのは、しんみりとした夕貴の声。透子と話す時とは違う、甘えが多分に含まれた声をきいていると、羨望がジリジリと込み上げてくる。
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