恋はひと匙の魔法から
「それ、西岡さんから?」

 マグカップを手に持った多原がニヤニヤしながら、透子のデスクに置かれた紙袋を指差す。
 先程のやり取りと照れまくって挙動不審になっていた自分の姿を見られていたのかと思うと急に羞恥が込み上げ、透子はしどろもどろになりながら首肯した。

「鬼CEOも透子ちゃんには、優しいからねぇ」
「……そんなことないと思いますよ」

 には、とやけに強調して冷やかす多原へ透子は苦笑する。

「多原さんの発想力はすごいですから、西岡さんのハードルも高くなっちゃうんですよ」
「それにしたって厳しいけどねぇ。まあ、今回はちょっと時間なくて手ぇ抜いちゃったのは事実だけどさ」

 多原への厳しい態度は期待の裏返しでもある。多原と透子では求められているスキルも成果も違うからであって、残念ながら透子が特別視されているわけではない。
 肩をすくめて笑う多原へ、透子は鞄からちょっとお高いチョコレートを一粒取り出した。

「お疲れ様です。よかったらこれ食べてください」
「おっ!ありがと〜。私これ好きなんだよねぇ。午後も頑張れそう」
 
 明るく破顔する多原につられるように笑みをこぼす。コーヒーを淹れに行くという彼女を見送り、透子もまたパソコンに向き直った。

 
 西岡からメッセージがきたのは、会議を終えた彼が戻ってきてすぐのことだった。

『謝礼の件、振り込んどいたから確認しといて』

 言われるまで謝礼の件をすっかり忘れていた。むしろ西岡の方も忘れていたらよかったのに。
 気後れしつつも素早くお礼の言葉を打った透子は、スマートフォンでインターネットバンキングのページを開いて彼から言われた通り取引履歴を確認する。
 そこに表示された金額を見て、透子は愕然とした。

(え?何これ……桁、違くない?)

 振り込まれていた金額は透子の予想を軽く超えていた。実際のところ、ゼロが一つ少なくても何ら違和感がない。
 一年分の一括払いなんだろうか?……そうであってほしい。
 軽い目眩を覚えながら、続けて『一年分ですよね……?』と確認してみることにした。
 間髪入れずに返ってきたメッセージは、『一ヶ月分に決まってるけど』。透子は頭を抱えたくなった。
 そこからしばしの攻防(チャット上)が始まった。

 度重なる価格交渉の末、なんとか纏まった金額に透子は胸を撫で下ろした。こちらが提示した金額を『安すぎる』と何度も却下された時は、どうなることかと思った。
 普通、逆なんじゃ……と思わなくもない。
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