恋はひと匙の魔法から
『私なんかの料理でこんなにお金払ってたら破産しちゃいますよ』
強情な上司に皮肉混じりのメッセージを投げつける。対する返信はすぐに返ってきた。
『透子のは特別だから仕方ない』
(特別……)
ディスプレイに表示された単語を噛み締めるように読み返す。
そっと隣を見遣れば、同じようにこちらへ目を向けている西岡と視線が重なった。動揺のあまり唇を引き結んだ渋面を咄嗟に作ると、西岡は戯けた調子で肩を竦める。
(あ、駄目だ……)
自分のパソコンに向き直り、『そういえば』と前置きして、西岡に明日出席予定のカンファレンスの詳細を高速でタイプした。
顔が熱い。心臓も煩いほどに高鳴っている。仕事の話に切り替えても、熱が収まりそうにない。
透子は自然な風を装って、席を立った。目指すのは女子トイレ。この火照った顔を冷まさなければ、仕事にならない。
誰もいないトイレの鏡の前で透子は二回ほど深呼吸をした。
鏡には、胸あたりまで伸びたダークブラウンのストレートヘアの、どこにでいそうなアラサーOLが映っている。ただ、その頬は上気していて、恋に現を抜かした顔をしていた。
透子は自分の右の手のひらをまじまじと見つめる。一見すると何の変哲もない普通の手だが、この手には不思議な力が宿っているのだ。
(やっぱり『魔法』なんだなぁ……)
さほどそのことを意識して生きていたわけではなかったが、自分の料理に魅了される西岡の姿を見て改めてその不思議な作用を実感する。
「でも、好きなのは私じゃなくて、私の作る料理なんだよね」
誰もいないのをいい事に、鏡に映る自分へ戒めるように呟く。そうでないと妙な勘違いをしてしまいそうだった。
西岡の興味が、透子自身に向く日は来るんだろうか。彼を振り向かせたいと思う癖に、そんな未来は想像できなくて。
透子は苦笑を漏らした。頬の熱は自然と引いていた。
強情な上司に皮肉混じりのメッセージを投げつける。対する返信はすぐに返ってきた。
『透子のは特別だから仕方ない』
(特別……)
ディスプレイに表示された単語を噛み締めるように読み返す。
そっと隣を見遣れば、同じようにこちらへ目を向けている西岡と視線が重なった。動揺のあまり唇を引き結んだ渋面を咄嗟に作ると、西岡は戯けた調子で肩を竦める。
(あ、駄目だ……)
自分のパソコンに向き直り、『そういえば』と前置きして、西岡に明日出席予定のカンファレンスの詳細を高速でタイプした。
顔が熱い。心臓も煩いほどに高鳴っている。仕事の話に切り替えても、熱が収まりそうにない。
透子は自然な風を装って、席を立った。目指すのは女子トイレ。この火照った顔を冷まさなければ、仕事にならない。
誰もいないトイレの鏡の前で透子は二回ほど深呼吸をした。
鏡には、胸あたりまで伸びたダークブラウンのストレートヘアの、どこにでいそうなアラサーOLが映っている。ただ、その頬は上気していて、恋に現を抜かした顔をしていた。
透子は自分の右の手のひらをまじまじと見つめる。一見すると何の変哲もない普通の手だが、この手には不思議な力が宿っているのだ。
(やっぱり『魔法』なんだなぁ……)
さほどそのことを意識して生きていたわけではなかったが、自分の料理に魅了される西岡の姿を見て改めてその不思議な作用を実感する。
「でも、好きなのは私じゃなくて、私の作る料理なんだよね」
誰もいないのをいい事に、鏡に映る自分へ戒めるように呟く。そうでないと妙な勘違いをしてしまいそうだった。
西岡の興味が、透子自身に向く日は来るんだろうか。彼を振り向かせたいと思う癖に、そんな未来は想像できなくて。
透子は苦笑を漏らした。頬の熱は自然と引いていた。