恋はひと匙の魔法から
 西岡の昼食を買った後、そのまま透子も昼休憩に入るのがいつものパターンだ。タブレットで急ぎの連絡が来ていないことを確かめた透子は、休憩に出るべく通勤バッグにタブレットを突っ込んだ。
 
 ちらりと左隣を盗み見ると、西岡がビニール袋を手元に引き寄せているところだった。目線は変わらずモニターに釘付けられている。
 時折マウスでスクロールをしながら、取り出したおにぎりの包装をビリビリと豪快に破いていた。
 フィルムから取り出されたおにぎりは海苔が半分ほど千切れていたが、西岡は構うことなく齧り付いている。無造作に机に置かれたフィルムの中に、大きめに破れた海苔が少し寂しげに取り残されていた。

(やっぱり今日も失敗してる)
 
 透子は自然と上がってしまいそうになる口角に力を入れ、唇を引き結ぶ。そして、休憩時間を惜しんで働く上司の邪魔にならないよう、そっと席を立った。
 
 三十一歳、新進気鋭の若手CEO。さらには高身長でイケメンという、まさに絵に描いたような完璧人間。

(でも実は不器用なんだよねぇ……)

 エレベーターに乗り込みながら、透子は先程見た西岡のささやかな失態を思い出し、顔をニヤつかせた。
 そんな可愛らしいギャップもまた、彼の魅力を引き立てるスパイスだ。現に、透子の中にある女心は見事に擽られている。
 ポン、と到着を告げるチャイムが鳴り、一つ上の十五階で降りる。そこから更に隣にある高層階用のエレベーターに乗り込み、目的地の三十二階にある共用の休憩ラウンジへと向かった。
 
 フェリキタスに入社して、西岡の秘書として働いて早二年。透子は西岡へ密かに想いを募らせていた。
 ワーカーホリック気味で仕事に関しては厳しいが、その分誰よりも心血を注いでいる。その熱心な姿は、透子の瞳にこの上なく魅力的に映った。
 それに彼は厳しいだけの人間ではない、思いやりと優しさを持った人だ。それを知ったのは入社して三ヶ月ほど経った頃。
 そして、彼への好意が芽吹いたのも恐らくその時だ。
 上昇するエレベーターの表示板を眺めながら、透子はその時の出来事を思い出していた。
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