恋はひと匙の魔法から
「ご迷惑なら黙ります。けどやっぱり、それだけっていうのは見ていて心配といいますか……。それに、ご飯をちゃんと食べるとモチベーションが湧くと思うんですよね。体が資本って言いますし!西岡さんさえ良ければ、私にお昼ご飯のおつかいをさせてください!」

 胸の前で拳をギュッと握ったところで我に返る。少し力説しすぎたのかもしれない。
 西岡はポカンと口を開けて透子の訴えを聞いていた。やがて、堪えきれずといった様子でプハッと噴き出した。
 初めて見る彼の笑顔は、普段の生真面目な面持ちとは打って変わった爽やかなものだった。透子の胸がキュンと高鳴る。

「じゃあ、そこまで言ってくれるならお願いしようかな」

 食事の大切さを熱心に説く透子が余程ツボに入ったのか、西岡はまだ肩を震わせて笑いを噛み殺している。
 そのことに気恥ずかしさを覚えながらも、透子は彼の笑顔から目を離すことができなかった。

 それからというものの、何かにつけて西岡を目で追うようになり、彼に話しかけられると自然と鼓動が早くなった。
 彼が誰かと話していると、それがたとえ仕事の話だとしても耳をそば立てて、落ち着いた低音の美声に聞き入ってしまう。
 そして、話相手を羨ましいと思う頃には、認めざるを得なくなった。
 ああ、好きになってしまったんだな、と。
 
 けれどもその恋は、自覚したその日に破れてしまった。仕事もできて顔も良い極上の男に恋人がいないはずがないのだ。
 その無情な事実を思い出し、透子は自嘲気味に笑った。
 透子ももう、二十七歳。結婚を意識する年齢に差し掛かってきた。
 そろそろ見込みのない恋は終わらせなければいけないのかもしれない。しかし、西岡以上の男性はそうそう見つからず、未だに不毛な恋を捨てられずにいる。
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