恋はひと匙の魔法から
目的の三十二階に辿り着き、透子はエレベーターを降りた。
このオフィスビルの最上階にあたる場所に位置する共用ラウンジは、ビルで働く従業員であれば誰でも利用できる。
フェリキタスが入居するフロアからでは、先程のように高層階用のエレベーターに乗り継がなければならず、その煩わしさから自社の社員は殆ど利用しない。
その点が透子にとっては大変都合良く、大抵お昼はそこで休憩を取っていた。
自販機しかない共用ラウンジは昼時でも人はまばらだった。透子は周囲に人がいない空いている席へ腰掛ける。
バッグからランチトートを引っ張り出し、中からいつものようにお弁当を取り出した。蓋を開けながら、視線は何気なく壁際に設置されたテレビの方を向く。
映っているのは、お昼の情報番組。今日はアナウンス室の特集らしい。
番組のレギュラーと思しきお笑い芸人がアナウンサー達の元を順に訪れ、面白おかしくツッコミを入れている。
ちょうどカメラが丸テーブルでミーティングをする二人を映した時、透子の心臓がギュッと締め付けられた。
『工藤アナ〜、もしかして新人くんイジメてるんとちゃいます?』
タレントがそう言って、丸テーブルで向かい合うアナウンサーの内の、女性の方へマイクを向ける。
マイクを向けられた女性――アナウンサーの工藤英美里――は、ゆるくパーマのかかったセミロングの髪をたなびかせ、困ったような笑みを湛えながらそれを否定する。
『そんなわけないじゃないですかぁ』
『――で、本当は?』
『……めっちゃ絞られてました』
『もう!』
お笑い芸人に小声で囁く新人アナウンサーの肩を英美里が軽く小突いた。するとスタジオで笑いが起こり、カメラはまた次の場面へと切り替わっていく。
透子は弁当を食べることも忘れ、まるで接着剤で貼り付けられてしまったかのように、英美里だけに視線を向けていた。
朝のニュース番組「おはようテレビ」のメインキャスターを務める、JBSの看板アナウンサー、工藤英美里。
癒し系の可愛らしいルックスながら、安定感のあるアナウンス力と知識に裏打ちされたコメントがお茶の間の支持を集めている。
「好きな女子アナランキング」で三年連続一位に輝いた、まさに才色兼備と言える女性。
そして、その彼女こそが西岡の恋人で――
透子は、重苦しいため息を吐き出した。
かたやテレビで活躍する美貌の才媛。かたや特筆すべきところのない一般人OL。比べるまでもなく勝負はついていた。同じ土俵に立つことすら烏滸がましい。
百人に聞いたら全員が、透子が西岡の恋人に選ばれるなんてありえない、と答えるに違いない。
このオフィスビルの最上階にあたる場所に位置する共用ラウンジは、ビルで働く従業員であれば誰でも利用できる。
フェリキタスが入居するフロアからでは、先程のように高層階用のエレベーターに乗り継がなければならず、その煩わしさから自社の社員は殆ど利用しない。
その点が透子にとっては大変都合良く、大抵お昼はそこで休憩を取っていた。
自販機しかない共用ラウンジは昼時でも人はまばらだった。透子は周囲に人がいない空いている席へ腰掛ける。
バッグからランチトートを引っ張り出し、中からいつものようにお弁当を取り出した。蓋を開けながら、視線は何気なく壁際に設置されたテレビの方を向く。
映っているのは、お昼の情報番組。今日はアナウンス室の特集らしい。
番組のレギュラーと思しきお笑い芸人がアナウンサー達の元を順に訪れ、面白おかしくツッコミを入れている。
ちょうどカメラが丸テーブルでミーティングをする二人を映した時、透子の心臓がギュッと締め付けられた。
『工藤アナ〜、もしかして新人くんイジメてるんとちゃいます?』
タレントがそう言って、丸テーブルで向かい合うアナウンサーの内の、女性の方へマイクを向ける。
マイクを向けられた女性――アナウンサーの工藤英美里――は、ゆるくパーマのかかったセミロングの髪をたなびかせ、困ったような笑みを湛えながらそれを否定する。
『そんなわけないじゃないですかぁ』
『――で、本当は?』
『……めっちゃ絞られてました』
『もう!』
お笑い芸人に小声で囁く新人アナウンサーの肩を英美里が軽く小突いた。するとスタジオで笑いが起こり、カメラはまた次の場面へと切り替わっていく。
透子は弁当を食べることも忘れ、まるで接着剤で貼り付けられてしまったかのように、英美里だけに視線を向けていた。
朝のニュース番組「おはようテレビ」のメインキャスターを務める、JBSの看板アナウンサー、工藤英美里。
癒し系の可愛らしいルックスながら、安定感のあるアナウンス力と知識に裏打ちされたコメントがお茶の間の支持を集めている。
「好きな女子アナランキング」で三年連続一位に輝いた、まさに才色兼備と言える女性。
そして、その彼女こそが西岡の恋人で――
透子は、重苦しいため息を吐き出した。
かたやテレビで活躍する美貌の才媛。かたや特筆すべきところのない一般人OL。比べるまでもなく勝負はついていた。同じ土俵に立つことすら烏滸がましい。
百人に聞いたら全員が、透子が西岡の恋人に選ばれるなんてありえない、と答えるに違いない。