恋はひと匙の魔法から
「ひゃぁっ!」
 
 不意に耳殻を舐められ、透子はびくんと体を震わせた。
 素っ頓狂な声を上げて身をすくませる透子に構うことなく、西岡は透子の耳の輪郭を食んでいる。
 くすぐったさと恥ずかしさとで真っ赤になった透子が身をよじるも、西岡の腕で作られた牢は頑強でびくともしない。
 それどころか腹部に回されていた西岡の手のひらがエプロンの中に潜り込み、足の付け根を不埒に撫で始めていて――

「あ、あの……」

 ここはキッチン。間違っても淫らなことをする場所ではない。
 その先を予感させる彼の艶かしい手つきに顔を熱らせた透子は、やんわり抗議しようと背後の西岡を振り返って仰ぎ見た。が、その瞬間、今度は顎を捕らえられ唇へ吸い付かれてしまう。

「透子がキッチンに立ってるのって、なんかすごい良い」
「……へ?」

 よく分からないことを呟いた西岡へ首を傾げて見せるも、再び口付けられ熱を注がれた透子は何も考えられなくなった。
 そして流されるままに西岡の激情を受け止め、二人が夜ご飯のカレーにありつけたのはかなり遅い時間になってからだった。


「明日、どっか行きたいところある?」

 ペロリとカレーを食べ終えた西岡が思い出したかのように尋ねてくる。
 透子はもぐもぐと咀嚼しながら、向かいに座る彼を観察した。今週は会食が三件と立て続いたため、普段よりも帰宅が遅かったはずだ。どこかへ出掛けるよりも、家でのんびりと過ごした方が体を休めることができるだろう。そう思い――

「お家で映画とか見たいです」

 透子がそう返すと、西岡は眉をひそめて渋い顔をした。

「まあ、俺はそれでもいいんだけどさ。本当にない?」
「えーっと……」

 思いがけず重ねて問われ、透子は返答に窮した。
 本当は、外でデートを楽しみたい気持ちもある。けれども、仕事で疲れているであろう西岡を人混みに連れ回すのは少し気が引けた。それに、漠然とデートがしたいと思っていただけで、咄嗟に行きたいところが思いつかなかったというのもある。
 透子が目を泳がせていると、西岡がその表情を和らげた。

「じゃあさ、水族館とかは?どっちがいい?」
「……水族館、行きたいです」

 声を弾ませて透子はコクコクと頷いた。彼と出掛けるのは付き合うことになったあの日、東京駅でデートをして以来だ。
 自然と心が高揚し、妙にドキドキしてその夜はよく眠れなかった。

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