恋はひと匙の魔法から
 しかし突如今日になって、これまで全く話に登場しておらず、企画開発とも無縁の『伊勢福商店』の広報本部長へ仕様について説明をして欲しいと連絡が来たのだ。それはメディアでも話題の若手経営者に会いたいがための口実のような気がするが……。
 結局先方に都合を合わせる形になり、当初二日だった予定が四日に延びてしまった。そのため、こうして出発ギリギリまで調整に追われる羽目になったのだった。
 
 胸に降り積もったモヤモヤを吐き出すように、透子はハァと嘆息を漏らした。それは自分の仕事が増えたことに対してではない。
 不満の矛先は、強引に予定を捻じ込んだというのに調整を全てこちらへ丸投げしてきた上に不遜な態度を取る『伊勢福商店』の面々に向いていた。
 恐らく件の本部長がそういうスタンスなのだろう。僅かにではあるが、担当者からもこちらを軽んじる姿勢が滲み出ていた。己の主を蔑ろにされ、流石の透子もムッとしていた。

(そりゃあ、御社に比べたら歴史は浅いですけどねぇ……。西岡さんは凄いんだから……!)

 たった数年で年商億越えの企業に育て上げた彼の経営の才は本物だ。若いからといって下に見られる謂れはない。
 そんな刺々しい気持ちが表にも出てしまい、指で叩いたエンターキーが思った以上に大きな音を立てた。パチンと響いた、プラスチックが叩きつけられる
音で透子はハッとした。
 
 これでは八つ当たりだ。自省しながら心を落ち着けて手元の時計を見ると、針は出発時間の十分前を指していた。
 そろそろ準備をしないといけない。
 そう思って荷物を纏め、チラリと隣を見やると、同じく出発の準備を終えた西岡と目が合った。出入り口の方を指し示した彼に頷き返し、二人揃って立ち上がりオフィスを出てエレベーターホールへと向かう。

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