恋はひと匙の魔法から
初めて足を踏み入れたテレビ局の内部は、どこもかしこも忙しなく人が行き来していた。
透子は西岡と共に楽屋へ通され、暫くすると番組ディレクターとスタッフがそこにやってきた。番組の進行についての打ち合わせが始まるや否や、ディレクターが苦笑気味にこう告げた。
「この番組を担当している羽柴アナウンサーなんですけど、インフルエンザで急遽出演できなくなってしまいましてねー。なんで、今日の収録は工藤アナウンサーに変更になったんですよ」
ディレクターの口から飛び出した名前に、動揺した透子の心臓が大きく跳ねる。隣に座る西岡の表情も一瞬だけ険しくなった。
「工藤って、工藤英美里ですか?」
「そうですそうです。お知り合いと聞いてますんでね、もしかしたらやりにくいかもしれないですけど」
「ああ、いえ。それは問題ないです」
真顔に戻り淡々と答える西岡へ、ディレクターが「クールですねぇ」と冷やかすような言葉を投げかけた。
西岡は敢えてその冷やかしを否定することなく、薄く笑って躱している。そうして場が和んだところで、打ち合わせが始まった。
西岡と英美里の交際は、二年ほど前に週刊誌で報道されていた。恐らくディレクターもそのことを知っているのだろう。破局は報道されていないので、二人がまだ付き合っていると認識していても何らおかしくはない。
西岡がスタッフに誤認させたままでいるのも、この場の雰囲気を悪くしないため。
別れました、などといい大人が馬鹿正直に告げては、気まずくなって対処に困るだけだ。
だから今、透子が胸を痛めるのは間違っている。
英美里との仲を否定して欲しくて、冗談めかして「実はもう付き合っていないんです」と言ってくれないかと期待するのも間違っている。
彼の恋人は透子だと、自分自身だけが分かっていればそれでいい。
それなのにこんな些細なことで心が揺らいでしまうのは、自分が彼と釣り合っていないと頭の片隅で自覚しているから。
打ち合わせの内容が全く耳に入ってこない。これではいけないと自分を戒めても、胸に渦巻く焦燥めいたものはなかなか消えていかないのだ。
打ち合わせの間、透子は心ここに在らずでディレクターの話に耳を傾けていた。
透子は西岡と共に楽屋へ通され、暫くすると番組ディレクターとスタッフがそこにやってきた。番組の進行についての打ち合わせが始まるや否や、ディレクターが苦笑気味にこう告げた。
「この番組を担当している羽柴アナウンサーなんですけど、インフルエンザで急遽出演できなくなってしまいましてねー。なんで、今日の収録は工藤アナウンサーに変更になったんですよ」
ディレクターの口から飛び出した名前に、動揺した透子の心臓が大きく跳ねる。隣に座る西岡の表情も一瞬だけ険しくなった。
「工藤って、工藤英美里ですか?」
「そうですそうです。お知り合いと聞いてますんでね、もしかしたらやりにくいかもしれないですけど」
「ああ、いえ。それは問題ないです」
真顔に戻り淡々と答える西岡へ、ディレクターが「クールですねぇ」と冷やかすような言葉を投げかけた。
西岡は敢えてその冷やかしを否定することなく、薄く笑って躱している。そうして場が和んだところで、打ち合わせが始まった。
西岡と英美里の交際は、二年ほど前に週刊誌で報道されていた。恐らくディレクターもそのことを知っているのだろう。破局は報道されていないので、二人がまだ付き合っていると認識していても何らおかしくはない。
西岡がスタッフに誤認させたままでいるのも、この場の雰囲気を悪くしないため。
別れました、などといい大人が馬鹿正直に告げては、気まずくなって対処に困るだけだ。
だから今、透子が胸を痛めるのは間違っている。
英美里との仲を否定して欲しくて、冗談めかして「実はもう付き合っていないんです」と言ってくれないかと期待するのも間違っている。
彼の恋人は透子だと、自分自身だけが分かっていればそれでいい。
それなのにこんな些細なことで心が揺らいでしまうのは、自分が彼と釣り合っていないと頭の片隅で自覚しているから。
打ち合わせの内容が全く耳に入ってこない。これではいけないと自分を戒めても、胸に渦巻く焦燥めいたものはなかなか消えていかないのだ。
打ち合わせの間、透子は心ここに在らずでディレクターの話に耳を傾けていた。