恋はひと匙の魔法から

非常事態宣言

 今日もいつもと変わらず、西岡のお昼ご飯を買って届けた透子は、これまたいつも通りわざわざエレベーターを乗り継いで最上階にある共用ラウンジへ向かった。
 しかし――

「閉鎖……?」

 ラウンジの入り口に、いつもはない立て看板があった。
 清掃中と書かれた黄色の立て看板には、更にその上にコピー用紙が貼られている。そこにデカデカと書かれた手書きの文言を思わず読み上げてしまったのは、動揺していたからかもしれない。
 何せ、閉鎖なんてことはこの二年間で一度もなかったのだから。
 困り果ててその場で立ち尽くしていると、近くを通りかかった清掃員の年嵩の女性から声をかけられた。

「あー、それね。さっきそこを使ってた人がこう、ね、しちゃって……。だから今日は一日使えないの。ごめんなさいねぇ」

 女性が口から何かを出すような身振りをして、透子はそこで何があったのかを察した。
 
 ラウンジの清掃自体は終わっているが、何かの感染症によるものであれば感染が広がってしまう。そのため、今日は一日使用禁止となったらしい。
 致し方ないことではある。透子は、軽い口調で謝る清掃員の女性に礼を言い、とぼとぼとエレベーターホールへとんぼ返りした。
 
 エレベーターが下降するごとに、透子の気分も下降していく。十四階に到着する頃、透子の胸には絶望が渦巻いていた。
 
(自分の席で食べるしかないか……うぅ……嫌だなぁ……)

 透子がわざわざ面倒な乗り継ぎを経て、オフィスではない別の場所で昼食を取っていたのには理由がある。それは、食べるところを誰にも見られたくなかったからだ。特に西岡には――
 いっそ昼食を抜いてしまおうかとも思ったが、それだと作ってきたお弁当を粗末にすることになる。食べ物に罪はない。
 
 透子は腹を括って大人しくオフィスで食べることにした。
 今のこの時間は会議もアポも入っていなかったので望み薄だが、誰かに呼び出されるか何かで西岡が自席にいませんように……と願いながらオフィスへ戻る。
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