若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
「ワート、殺すなよ」
「わかってる。カレンたちに汚いものを見せたくない」

 アーティに言われずとも、殺す気はなかった。
 妻子に死体を見せたくなかったし、血に濡れた手で触れるのも嫌だった。
 ああ、早くこいつらを蹴散らして、妻子の元へ行こう。
 妻子のため、ジョンズワートは前へ踏み込もうとしたのだが。

「旦那様。ここは俺に任せて、お嬢のところへ」
「……チェストリー?」
「あんたは自分が通る道だけ作ればいい。こいつらの掃除は俺がします」

 そう言いながらも、チェストリーは襲い掛かってきた男を返り討ちにし、床に叩きつける。
 相手はナイフや鈍器を持っているが、チェストリーは素手である。
 今は狩人でもあるため、ナイフなどの刃物も普段から携帯しているのだが……それすら出さずに、一人で男たちを片付けていく。

「なあ、あの人が誰だかわかってて、手ぇ出したんだよな? 相応の覚悟はできてるよなあ!?」
「ひっ……!」

 チェストリーが、床に倒れる男の足を踏みつけ、ぐり、と動かした。
 男から叫びがあがるが、チェストリーがそれを気にする様子はない。

「さあ旦那様。早く行ってください」

 彼はカレンに人生を救われ、従者として彼女を守り続けた男。
 偽の夫と父親の役を引き受けるほどの忠義だ。
 カレンをさらわれて怒っているのは、ジョンズワートだけではないのである。
 ジョンズワートに笑顔を向けているが、目が、笑っていなかった。
 今のチェストリーには、強烈な殺意が宿っている。

「あ、ああ……。殺すなよ……?」
「ええ。殺さないよう、素手でやります」

 先ほどアーティに言われたのと同じ言葉を、今度はジョンズワートがチェストリーへ。
 チェストリーは、拳を振りかぶりながらも、やっぱり笑っていた。
 にじみ出る怒りと迫力に、ジョンズワートまで気圧されてしまうほどだ。
 笑いながら怒り狂うチェストリーの暴れっぷりに、ジョンズワートは少しばかり冷静になった。
 十人以上いたはずの賊どもも、もう半数近くチェストリーに制圧されている。
 残りの連中も、任せてしまって大丈夫だろう。

「ありがとう、チェストリー」

 ジョンズワートは、カレンたちを探すために駆けだした。
< 101 / 210 >

この作品をシェア

pagetop