若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 彼も確かに祝いの言葉を贈ってくれたが……他の者とは様子が違った。
 みな浮き足だっていたのに、チェストリーだけは落ち着いていて。
 いつもへらへらと笑って軽口ばかり叩く彼が、神妙な面持ちをしているものだから。
 ああ、本当にジョンズワートと結婚することになったのだと、カレンの中で現実感を持った。

「私は……本当に、婚約してしまったのですね。ジョンズワート様と」
「ええ。色々ありましたが……これでようやく」

 重荷がとれたかのようにふっと笑うチェストリー。そんな従者に、カレンは。

「どうしましょう!?」
「うおっ!?」

 前のめりになって、どうしましょうと繰り返した。

「どうしましょう、どうしましょう。ジョンズワート様と結婚することになってしまいました。ジョンズワート様には、既に大切な方がいらっしゃるのですよ!? なのに、私は……。ジョンズワート様が、自分の気持ちを犠牲にしてまで、責任を取ろうとしたというのに。私は、自分のことしか考えず……。わたし、は……」

 カレンの緑の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
 祝いの連続からも解放され。ジョンズワートとも別れて。結婚の約束をした実感も得て。
 カレンは、自分がなにをしたのか理解し、ぐすぐすと泣き始めてしまった。
 ジョンズワートの幸せを願うなら、あそこで跳ねのける必要があったのに。
 彼への恋心を捨てることができなかったカレンは、責任を理由に、彼を縛り付けることを選んでしまった。
 サラと懇意にしているのでは、と聞くこともできなかった。

 ジョンズワートが額の傷に触れたとき、カレンは、心のどこかで喜んでしまった。
 彼がここまでしたのなら、結婚の申し出を断らなくていいのだと。
 彼の方から責任を取ると示してきたのだから、受け入れていいのだと。

「ごめんなさい、ワート様。ごめんなさい……」

 泣きながら謝るが、謝るべき相手は、もうそこにはいない。
 流石のチェストリーも、こんな状態のカレンを茶化すことはできず。

「お嬢、大丈夫ですよ。大丈夫ですから。これでよかったんですよ。ジョンズワート様は、ずっと貴女のことを想っていたのですから。お嬢……」

 そう言って、カレンを宥め続けた。

 ジョンズワートは、幼い頃からずっときみが好きなのだと、本心をカレンに伝えていた。
 けれど、8年という壁は厚く。それだけのあいだ離れていたのに、ずっと好きだったなんて言われても。
 あまりにも突飛なことすぎて、カレンには、彼の言葉は届かなかった。
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