若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
「私に、妻としての役目を果たさせてください」

 下着だけを身につけたカレンは、彼の顔に胸を近づけた。
 ある茶会で知った、男性が好む香水まで使っている。
 夫を誘惑するために、意図して女を強調していた。
 経験の乏しいカレンが。女性である自分が。ここまでやったのだ。
 流石のジョンズワートも、カレンの誘いに乗ってくれると思いたかった。

 ジョンズワートは、無言でカレンの肩に触れた。
 このまま、引き寄せてもらえるのだろうか。その腕で、抱きしめてもらえるのだろうか。
 そう期待できた時間は、ほんの少しで。

「……っ!」
 
 ジョンズワートの腕は、カレンを遠ざけるように動いた。
 
「わーと、さま」

 腕の中にしまわれるどころか、ぐっと距離を作られてしまったのだ。
 この行動から読み取れる、彼の意思は――拒絶。

「どうして、ですか」
「……きみが無理をする必要はないよ」
「無理、だなんて。そんなこと……」
「いいんだ。きみは、無理をしなくていいんだよ」
「…………」

 カレンから手を離し、ジョンズワートは彼女が脱いだ夜着を肩にかけ直した。

「カレン。……ごめん。こんなことをさせて、ごめん」

 そう言うと、ジョンズワートはカレンから離れていく。
 それなりの距離ができた頃、彼はカレンに背を向けたまま、こう告げた。

「……風邪を引くよ。温かくして、もう寝るといい」
「………………はい」

 カレンを心配している風ではあるが、言外に含まれた意味も、行動も、はっきりとカレンを拒んでいた。
 ここまでやってもダメだったのだ。
 ジョンズワートは、カレンと夜を共にする気はないのだろう。
 あのときキスをしなかったのも、カレンが酔っているから遠慮したのではなく、単にしたくなかっただけなのだろうか。
 もしかしたら彼は、カレンとの間に子を作りたくないのかもしれない。
 子を作ってしまったら、今度こそ、彼はカレンから逃げられないのだから。
 ジョンズワートのことを、信じたかった。愛されていると、思いたかった。
 でも、彼に拒絶された事実が、ここにある。

「……失礼、しました」

 こぼれ落ちそうになる涙をこらえながら、声を震わせて。
 カレンは、ジョンズワートの部屋から逃げ出した。
< 53 / 210 >

この作品をシェア

pagetop