若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
「今日か……」
「はい。父に聞いたところ、私の好きな催しが行われるのが、今日だそうで」
「きみの故郷のお祭りだ。いいよと言いたいところだけど……。護衛の手配が……」

 カレンの狙い通り、ジョンズワートはどうしたものかと考え込んでいる。
 この日、ジョンズワートが急に公爵邸をあけられないことも既に確認済みだ。

「チェストリーだけではダメでしょうか? 行先はアーネスト領ですから、まずは実家に顔を出しますし、チェストリーは腕も立ちます。彼一人でも、十分かと思うのですが……。急なことで申し訳ありません。でも、どうしても今日、行きたいのです」

 デュライト公爵家に来た今も、チェストリーはカレンの従者だ。
 彼が最優先すべき仕事は、カレンに仕えること。守ること。
 だから、他の者が別のことで拘束されているときでも、チェストリーだけは絶対にカレンの元へ駆けつけられるよう配置されていた。

「……そう、だね。今回は、チェストリーにお願いしようか。雪まつり、楽しんでおいで」
「ありがとうございます。ワート様」

 ジョンズワートの答えに、カレンはぱあっと表情を輝かせた。
 なにも知らなければ、祭に行けることが嬉しくて笑顔を見せる、愛らしい姿なのだが……。
 このときのカレンは、計画を実行に移せることを、喜んでいた。

「では、いってきます」
「うん。気を付けて」

 これが、ジョンズワートとカレンが最後に交わした言葉だった。
 カレンはこれが最後になるとわかっていたが――さようなら、とは、流石に言えなかった。
 だから、心の中だけで。ジョンズワートに今までのことへの感謝とお別れを告げた。



 ワート様。今までありがとうございました。
 幼い頃から、ずっとあなたを慕っておりました。
 身体の弱い私を、ここまで元気にしてくれたのは、あなたです。
 ワート様は、私の大好きな人で、恩人です。
 優しいあなたを縛ってしまって、ごめんなさい。
 私は、今日を最後に、あなたの前から姿を消します。
 ですから、あなたは……本当に愛する人と、幸せになってください。

 さようなら、ワート様。大好きでした。
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