若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 故郷についたら、公爵夫人の誘拐と死亡事件の偽装開始だ。
 嫁入り前に懇意にしていた者たちに事前に話を通してあり、しっかり変装して賊の役をしてもらう手はずになっている。
 デュライト公爵から逃げたい、結婚生活がとても苦しいのだと涙ながらに語れば、彼らはカレン側についた。
 妊娠の可能性があることまでは、話していない。


「お嬢、本当にやるんですか?」
「ええ。もう決めたの」
「今からでも考え直しませんか。ジョンズワート様は、こんなこと、望んでいないはずです」
「……あなたになにがわかるのです」

 計画の実行を目前にして、カレンとチェストリーがぶつかる。
 それもそうだろう。チェストリーから見れば、カレンが姿を消す必要などないし、やり方も過激すぎる。
 チェストリーは、カレンがこれからやろうとしていることの全貌を、知っているのだ。

「俺はずっと、貴女とジョンズワート様を見てきました。だからわかります。こんなことをする必要はありません。だって、ジョンズワート様は、ずっと貴女を……」
「ねえチェストリー。知っている? あの人が、一度しか私を抱いていないこと」
「え……?」

 二人の寝室が別なことは、チェストリーも知っていた。
 だが、嫁入りしたばかりのカレンに配慮してのことだと思っていた。
 結婚してからも二人がぎくしゃくしていることだってわかっていたが、まさか、一度しか――初夜のことだろう――交わっていないだなんて。
 幼い頃からカレン大好きなジョンズワートのことだ。カレンに負担がかからないよう気を付けながらも、それなりに、夜の営みは行っているものだと、勝手に思い込んでいた。
 チェストリーの黒い瞳は、驚きに見開かれて。
 誰にも話したことのなかった事実を暴露したカレンは、自嘲気味に笑っていた。

「……私から誘っても、ダメでした。もう、つらいんです」

 カレンの緑の瞳から、つう、と涙が流れていく。
 主人の涙に、チェストリーが怯む。
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