若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
「あれじゃないか?」

 村の外れまでたどり着くと、アーティがどこかを指さした。
 示すものがなにかなんて、わかっている。カレンたちが住んでいるという話の家だろう。
 アーティが物陰に隠れたから、ジョンズワートも同じようにした。
 ずっと探していた人がそこにいるというのに、ジョンズワートは、顔を上げる気になれなかった。
 もしも、その家からカレンたちが出てきたら。カレンが幸せそうに笑っていたら。
 ジョンズワートが考えている筋書きが、事実なのだと突きつけられてしまったら――。

 
 もう、このまま。なにも知らなかった、なにも見なかったことにして、立ち去ってしまいたい。
 その場から逃げ出しそうになったジョンズワートだが、懐かしい声に惹かれて、ばっと顔を上げてしまった。
 カレンが、まだ幼い子供とともに家から出てきたのである。
 子に話しかける彼女の声は、とても優しいものだった。
 ジョンズワートの記憶の中の彼女より、ずいぶんと髪は短くなったけれど。確かに、カレンだった。
 二人に続いて、男が姿を現した。
 カレンと同じく髪を切っていたが、誰なのかはわかる。チェストリーだ。あんな美形、そうそうお目にかかれるものではない。
 
 チェストリーがひょいと子を抱き上げれば、子は楽しそうに笑い声をあげる。
 遠目であっても、子が金髪であることはわかった。
 カレンは亜麻色の髪であるが、チェストリーは金髪。父親はチェストリーなのだろう。
 
 夫婦と息子の三人の、穏やかで、幸せな家庭。
 ほんの短い時間でも、彼らの空気感から、今のカレンが幸せであることが伝わってきた。
 カレンは、傷を利用して無理やり結婚させた男から逃げ、想い人と家庭を築いたのだ。
 ジョンズワートのせいで、家族や母国を捨てて他国まで逃げるなんていう、つらいこともさせてしまった。

 ジョンズワートはずっとカレンを探し続けていたが、カレンにジョンズワートは必要ない。
 むしろ、邪魔な存在だろう。
 彼女を苦しませ続けてしまったジョンズワートが、彼女のためにできることは。

「……行こう」
「ワート……」

 これ以上、彼女に干渉しないことだった。
 ジョンズワートは、カレンたちに声をかけず、その場から立ち去ることを決めた。
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