スイート×トキシック
「お詫びのしるし、あげる」
「…………」
それを見つめたまま、手を伸ばせないでいた。
受け取ってしまったら、今朝のすべてを許すという意味になりそうで。
今後、彼にされるどんなことでも受け入れるという意思表示になってしまいそうで。
「クッキー、好きでしょ」
「それは、そうだけど……」
「よかった。じゃあ受け取ってよ。仲直りしよ?」
わたしの手を取ると仰向けて、てのひらにクッキーを載せる。
眉を下げる彼は、申し訳なさそうにこちらを見つめていた。
それでいてその眼差しも温もりも、有無を言わせない鋭さを秘めている。
「許してくれる?」
最初から選択肢なんてない。
拒んだら今朝みたいにわたしを否定して、無理やりにでも想いを押しつけてくるつもりだ。
ただ何も言わずに包装ごとクッキーを握り締めた。
そんなささやかな抵抗も、わたしの本心も、ぜんぶ見透かした上で朝倉くんはくすりと笑う。
「ありがと。優しいね、芽依ちゃん。これからも仲良くやってこうね」
ふわりとまた頭を撫でられる。
包丁の存在を思い出すと、不用意に払い除けることもできなかった。
悔しいけれど、ここでは、わたしの命はクッキーよりも軽いのかもしれない。
────日が暮れた。
視界を奪われた代わりに足の自由を得て、朝倉くんに手を引かれながら廊下を歩いていく。
触れられた指先が熱を帯びると、それだけで肌が粟立った。
「はい、どうぞ。慌てなくていいからね」
とん、と軽く背中を押されたかと思うと、背後でドアの閉まる音がした。
素早く目隠しを外し、鍵をかけてから用を済ませる。
こんな異常な一連の流れに慣れ始めている自分がいることに気がついて、ぞっとする。
戸惑いや抵抗がなくなっていくことが不安だった。
「…………」
目隠しを見つめたまま、ドアの前に立った。
これをつけてドアを開ければ、またあの虚無の空間へ戻ることになる。
そこにあるのは、朝倉くんの豹変に怯えながら、命の危機に晒されながら、記憶や想像の中の先生を思って泣くしかない日々だ。
『心配だからに決まってるだろ。とにかく、無事でよかった』
夢で見た先生の言葉を思い出すと、心が揺れた。
こんな場所になんてもういられない。
これ以上、朝倉くんといたくない。
いつあるとも知れない、あるとも限らない脱出の機会を待って、みすみす殺されたらたまらない。
誰かが見つけてくれる、なんて悠長に構えている余裕もない。
(こんなの、もう耐えられない)