スイート×トキシック

 充足感も幸せも置き去りにしたまま、朝倉くんのために生きるなんて。
 それを奪う権利は、彼にはないのに。

(会いたい……)

 先生に会いたい。

 そんな強い思いに突き動かされ、鍵を開けるなり勢いよくドアを開けた。

 壁に背を預けながらスマホをいじっていた朝倉くんが、驚いたように顔をもたげる。

「芽依────」

 目隠しをしていないことに気がついた彼が言い終わらないうちに、握り締めていたそれを思いきり投げつけた。

「わ」

 その隙に駆け出すと、真っ暗な家の中を探り探りで進んだ。
 壁にぶつかったりしながら、勘を頼りに玄関を目指す。

「ちょっと、芽依ちゃん……!」

 いつもより余裕を失った声には苛立ちが混じっていた。
 捕まったら終わりだ。きっと、ただでは済まない。

(どこ、に……)

 生まれたての小鹿より頼りない足取りで、適当な部屋へ一旦転がり込んだ。

 いざ動き出してから、浅はかだったかもしれない、と後悔が込み上げてくる。

 間取りも分からないのに飛び出したって仕方がない。
 朝倉くんから遠ざかることを優先してしまった。

 わたしがいま玄関側に来られていないということは、朝倉くんは玄関前で待ち構えていればいいだけ────袋小路(ふくろこうじ)だ。

 このまま見つからずにやり過ごせても、彼を動かさないことには外へ出られない。

 暗室に隠れたまま、焦りと緊張を募らせる。

 もうあとには引けない。
 どうにか逃げ出して、先生に会いにいかなくちゃ。

(どうしよう? どうしたら……)

 張り詰めた空気の中、息を殺すと自分の速い心音が響いた。

 そのときだった。
 ふいに眩しい光が部屋に浮かび上がる。

 びくりとしながらそちらを向くと、そこには一台のパソコン。
 吸い寄せられるように近づいて息をのむ。

「な、に……これ……」

 画面の光で照らし出されたのは、壁の一角を埋め尽くすほど大量の写真。
 どれもわたしを盗撮したもののようだった。

 デスクの上に置かれたメモには、わたしのSNSのアカウント名やIDが書き殴られている。

(ずっと監視されてた……?)

 ぞっと肌が粟立(あわだ)ち、寒気がした。
 思わずあとずさると、おののいたまま周囲を見回す。

 わたしが閉じ込められていた部屋よりいくらか狭い洋室。
 備えつけのクローゼットを開けてみた。

「え?」

 ハンガーパイプにかけられているのはどれも女性ものの服ばかり。
 ふわ、と甘いのに隙のない柔軟剤の香りが漂っている。

(どうしてこんなもの……)
< 15 / 140 >

この作品をシェア

pagetop