スイート×トキシック

(でも、確かに……)

 考えてみればそれほど不自然な判断でもないように思えてきた。

 わたしが“誘拐”という異常な形で姿を消したことが明るみに出て、朝倉くんまで学校に行かなくなったら、関連を疑われてもおかしくない。

 だからこそ彼はあくまで普段通りを装い、それを貫くつもりでいるのだ。

(……待って)

 彼が家を空けるということは、脱出のチャンスが増えるということかもしれない。

 監視の目がないのなら、あの部屋から出てさえしまえばこっちのものだ。

 希望ともいえる閃きに鼓動が速まる。

 その瞬間、首筋にひんやりと冷たさが走って息を呑んだ。
 
「!」

「芽ー依ちゃん。分かってるよね?」

 その温度の正体ははさみの刃だろう。
 気がついた途端、身体が硬直した。

「面倒なことしないでね。俺から逃げられるわけがないんだからさ」

 そっと、耳元で囁かれる。
 低めた声とかかる吐息に、ぞくりと肌が粟立つ。

 おののいて、ばくばくと跳ねる心臓を必死でおさえる。

 どうしてこうも思考が筒抜(つつぬ)けなんだろう。

 ……怖い。
 心が、その感情一色に染まっていく。



 あてがわれた刃先に怯えながら、何とか部屋へ辿り着いた。

 目隠しが外れると、代わりに足首を結束バンドで拘束される。

 結局、両足が解放されるのはお手洗いに行くタイミングのみのようだ。
 一方の手錠は最早、手首に馴染みつつあった。

 朝倉くんはドアの取っ手に手をかけ、振り向いた。

「じゃあ、そろそろ行くね。お腹すいたらそれ食べていいから」

 昨日のビニール袋を指しつつ言う。
 そこにはまだ手つかずのお茶とおにぎりが入っている。

「行ってきまーす」

 彼が背を向けた瞬間、弾かれたように顔を上げた。

「ねぇ!」

 つい、引き止めるように声を上げてしまった。

 馬鹿なことはしないつもりだったのに、下手なことは口にしないつもりだったのに、どうしてこんな行動を取ったのか自分でも戸惑う。

「ん?」

 振り返った朝倉くんは、こてんと首を傾げている。

「あ、あの……」

 躊躇(ちゅうちょ)して、視線が彷徨(さまよ)う。

 最初に状況を悟ったときの絶望感と、鋭いはさみの切っ先をつけつけられた危機感と、底知れない彼への恐怖が、ぐちゃぐちゃに混ざり合った。

 もう、後には引けない。

「助けて」

 わたしの中の理性がぐらつき、かろうじて保っていた冷静さが蜃気楼(しんきろう)のように揺らいで溶け去る。

「誰にも言わないから助けて! もうやめようよ、こんなこと……」
< 15 / 187 >

この作品をシェア

pagetop