スイート×トキシック
その瞬間、背後から現れた気配にふわりと包み込まれる。
爽やかなシトラスみたいな香りがほのかに漂って、心臓が止まったような気がした。
「なんてね。見ーつけた。かくれんぼはもうおしまい?」
「あ、朝倉く……」
消え入りそうな声がこぼれ落ちる。
身体が硬直して振り向くこともできない。
「俺から逃げられるとでも思った?」
勝ち誇ったように笑われ、動揺を隠せなかった。
囁く声が、耳に触れる吐息が、危機感を煽って止まない。
「ほら」
ぱち、と電気がつけられる。
そこで初めて、ドアの全貌を目の当たりにした。
「な……」
玄関のドアにはいくつものチェーンが取りつけられていた。
上から下まで、つけられるだけぜんぶつけたといった具合でがんじがらめにされている。
鋭い銀色の光が異様で、常軌を逸した彼の不気味さを物語っているようだった。
(狂ってる……)
気圧されて目眩を覚える。
そうまでして、わたしをここに閉じ込めていたいなんて。
「あとはね、これ」
回した腕を片方ほどくと、その手に持った何かを掲げる。
小さな鍵だった。
「補助錠だよ。これがなければ、いくらサムターンを回したところでドアは開かないの」
「そんな……」
愕然とすると同時に、一瞬にして何もかもを理解した。
朝倉くんは別に、わたしのはったりに騙されたわけじゃなかったんだ。
わざと玄関ホールから離れて、この逃げ道のない現実を突きつけて、分からせようとしたのだろう。
考えてみればここまで用意周到で鋭い彼が、わたしの行き当たりばったりな嘘ひとつに惑わされるわけがなかった。
スマホの管理だって徹底しているはず。
(だから、そんなに余裕なんだ……)
朝倉くんの温もりが離れていった。
「悲しいなぁ。まさか芽依ちゃんに裏切られるなんて」
「裏切ったっていうか……!」
つい振り返って反論しかけたけれど、 がっ、と勢いよく髪を掴まれて言葉が続かない。
「痛、い……っ」
「この期に及んで言い訳するの? 悪い子だね」
「待っ、て。やめて、痛い!」
そのまま強く引っ張られて、半ば引きずられるようにして廊下を進んでいく。
その手を剥がそうとしてもまったく力が敵わないし、どんな言葉も届かない。
あえなく監禁部屋へ戻されると、乱暴に放り投げるような形で解放された。
どさりと床に倒れ込む。
「う……」
身体のあちこちをまともに打ちつけた。
次々と襲ってくる痛みを嘆く間もないまま、馬乗りになった朝倉くんの手が首へ伸びてくる。