スイート×トキシック

「じゃあ、芽依。そろそろ行くけど」

「うん、行ってらっしゃい」

 気持ちが()いてそわそわしてしまう。

 十和くんが帰ってくる頃には、きっとわたしはもうここにはいない。

「行ってきまーす。今日もいい子にしててね」

 ふわ、と抱き寄せられた。
 そのまま後頭部を撫でられる、というおまけつきで。

 頭を撫でるという仕草は同じでも、確かに“子ども扱い”とは言えないようなやり方だ。
 先生を好きな気持ちがなかったら騙されていたかも。

 いくらでも近づいて触れればいい。
 どうせ、これで最後なのだから。

(そう思えば我慢できる……)

 早く、先生に会いたい。

 鼓動が速まった。
 それもただの願望じゃなくなるんだ。

 十和くんが部屋から出ていき、ドアが閉まった。
 かちゃ、と鍵がかけられる。

 その足音が離れていく中、ドアに張りついて耳を澄ませた。

 玄関のドアの音。鍵の音。
 十和くんが家から出ていった。

(よし……)

 この部屋を出たら、まず電話を探そう。
 わたしのスマホでも固定電話でも何でもいいから、すぐに警察に通報する。

 がんじがらめにされたあの玄関からは、自力じゃ出られないから。

(ん? でも)

 はたとひらめく。

(そういえば、あの補助錠……)

 鍵は内側にあって外からでは操作できない。
 家の中にいるのは、閉じ込められたわたしだけ。

(ということは、彼が家を出るときは補助錠もチェーンもかかってないんじゃ……?)

 そうじゃないと、十和くんも家に入れない。

 些細(ささい)な、それでいてこの上なく重要な気づきだった。
 それならこの部屋のドアが開けば、すぐにでも外へ出られるということ。

(でも、わたしの荷物……)

 回収したい。回収しておくべきだ。
 特にスマホは────。

 どうしたって捨てられない、大事な中身が詰まっている。
 彼に勝手に見られたりするのも我慢ならない。

 布団の下に手を入れると、隠しておいたフォークを掴んだ。
 ドアへ歩み寄って、その鍵の部分にフォークの柄尻を当てる。

 思った通り、隙間にぴったりはまった。
 ひねるように動かすと、かちゃんと音がする。

「開いた……!」

 表示が赤から青へと変わった。

 はやる気持ちで取っ手に手をかけて引くと、何の抵抗もなくすんなりと開く。

「…………」

 家の中は静まり返っていた。
 自分の鼓動と呼吸の音がすぐ耳元で聞こえる。

 万が一にでも彼が戻ってくる可能性を考慮して、そっと慎重に動いた。

 こんな機会、最初で最後だと思う。
 慎重に慎重を重ねるくらいでちょうどいい。

(やっぱり電話を探そう)

 もし本当に十和くんが戻ってくるようなことがあっても、通報しておけばわたしは助かる。
 自力での脱出に失敗したときの保険が必要だ。
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