聖母召喚 〜王子に俺と結婚して聖母になれと烈愛されてますが、隙を見て逃げます〜


 * * *


 エルンレッドは唯一の弟の姿に驚愕した。
 リーンウィックの服はボロボロであちこちが引き裂かれて裂傷があり、血にまみれていた。

「猫に変身したときに落ちた。治して」
「落ちた怪我には見えないけど」

 エルンレッドはリーンウィックの負傷部位に手をかざし、意識を集中する。薄く柔らかい光がその部位を包み、あとかたもなく(いや)す。

「服は直らないよ」
「わかってる」
 イライラした口調でリーンウィックは返す。

「最近、怪我が多いよ。大丈夫なの?」
「黙って治せよ」

「頼んでおいてそれって、ひどくない?」
 治癒魔法を続けながら、エルンレッドは文句を言う。

「三千花があんなこと言うから、気が散ってるんだ。あいつが悪い。晴湖のことも、許さない」
 リーンウィックが吐き捨てるように言った。

「変なことしてないよね?」
「さあ。国家転覆を狙ってるかもよ」

 リーンウィックはこうやって人をふりまわす悪い癖がある。
 限られた魔法しか使えない苛立ちが彼をひねくれさせてしまった、とエルンレッドは思っている。一歩違えば自分だってこうなっていたかもしれない。放っておけない。

 双子だというのに、外見はそっくりだというのに、どうしてこんなに違ってしまったのだろう。
 どうして三千花と晴湖をこんなに憎むようになってしまったのだろう。
 あのあと、晴湖とはどんな話をしたのだろう。

「僕にだけは秘密を作らないで」
「うるさいな」
 リーンウィックは治癒を終えたエルンレッドの手を振り払う。

「その服のままだとみんな心配するから」
「僕よりみんなのほうが大事か」
 彼はエルンレッドに背を向けた。

「リーンが一番大事に決まってる。当たり前すぎていちいち言わないだけだよ」
 背中を追いかけるように、言葉をかける。
 リーンウィックは返事もせずにそのまま歩き去った。


 * * *


 人気の少ない場所に、数人が集まっていた。

「警備が厳しくなって第一候補の女に近づけない」
「殺すにしても、どうやって」
「なんとかおびき出せないか」

「孤立している聖母候補がいただろう。あいつを利用する指示がきている」
「あの方のためにも、成功させなくては」

 彼らはひそひそと作戦を共有し、人目につかぬように散った。

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