聖母召喚 〜王子に俺と結婚して聖母になれと烈愛されてますが、隙を見て逃げます〜
「私、明日帰るの」
「知ってる」

「私は男性のお酒の相手をする仕事をしているのよ」
「だから何」
 リーンウィックはムッとして顔をあげた。

 晴湖は静かに微笑んでいる。
 リーンウィックはその笑顔が、悲しくなった。

 二人の間に、とても大きな距離があるように感じた。

 今、隣にいるのに。

 こんなに近くにいるのに。

「晴湖、ここにいて」
 リーンウィックの言葉に、彼女は困ったように微笑して首を傾けた。

 彼は晴湖を抱きしめる。
「父に頼んでみる。聖母が二人いたってかまわないはずだ」

「それは権力の濫用だわ。いけないことよ。わかっているでしょう?」
「だって」

「私の好きなリーウィック殿下はそんなことしないわ」
 彼の目にまた大粒の涙が浮かんだ。
「意地悪」
 リーンウィックは晴湖を抱きしめる手に力を込めた。

「私は明日帰るの」
 再び、晴湖は言った。

「独りで背負わなくていいって言ったくせに。ずるい」
「そうよ。大人はずるくて意地悪なの。だけどあなたはそうじゃない大人になってね」
 晴湖は彼の背にふわりと手を伸ばした。

「晴湖、キスして」
 リーンウィックが顔を上げる。
 真摯な目が晴湖の視線をとらえる。

 晴湖は一瞬迷った。
 彼女は目をそらし、それから彼の額にキスをした。

「本当のキスは大切な人のためにね」
「子供あつかいして!」

「子供なのよ、私から見たら」
 晴湖は優しく諭すように言った。

 リーンウィックはショックを受けたように晴湖を見た。
 それから、走ってその場から逃げ出した。

「困ったわね」
 小さくなっていく背を目で追いながら、晴湖はつぶやく。

 彼女の胸に、涙をためたような痛みがうずいていた。

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