ブラックコーヒーに角砂糖一つ
 「私たちは一般人なんだから、、、。」 京子が言うと言うまいに関わらず俺たちは一般人である。
しかも俺は潰れ掛けている商社のダメ社長である。 そんな人間が桜田組の動きなど予想できるはずも無い。
ましてや、組が警察を攪乱するような動きなどは理解できるはずも無い。 なのに京子は、、、。
 (あいつはどうしてあそこまではっきりと言えるんだ? 組の人間でもないし警察や弁護士の仲間でもない。 それならばなぜ?) 落ち着き払ったあの顔、、、。
 「あんまり見詰めないほうがいいわよ。 睨まれたら最後だから。」 やくざを知り尽くしているような落ち着き払ったあの態度。
どれを取っても俺には不思議しか残らない。 そんな女がなぜ俺の秘書になったのか?
 マーガレットがあの場所で開業した時、マンションの人たちは恐れおののいていたという。 でも京子だけは違っていた。
「普通の喫茶店よ。 まあたまには危ないあっち系の人たちが来るけど、そう大したことじゃないわよ。」
 さらにはそこから移転したラーメン屋の主人の話、、、。 平凡な女がなぜそんなことまで?
考えれば考えるほどに分からなくなっていく不思議な女である。 俺はラジオを消した。
 月曜日の午後、会社はいつも通りに動いていた。 取り敢えず注文品も捌けているらしい。
京子は今後の貸借をどうするか銀行員と打ち合わせ中。 億単位の話だから気を抜けない交渉である。
 隣町に出店した店からも店長が報告に来ている。 今月はまあまあ、、、らしい。
「まあまあじゃ困るんだよなあ。 もうちっと上げられないか?」 「もうちっとってどのくらいです?」
「そうだなあ。 2割くらいか。」 「2割か。 厳しいなあ。」
「おいおい、あんたの店で売れなくなったらうちの会社は終わるんだけど、、、。」 「まだ大丈夫でしょう? ネットの方では売り上げも上がってるんだし、、、。」
「いやいや、、そのためのコストが掛かるんだ。 楽じゃないよ。」
 社員たちも参加して討論会は続いている。 その一方で俺は家に居る。
あれやこれやと思案を巡らせているのだが思い切ったアイディアが出てこない。 そんな時はコーヒーでも飲みながらのんびりするんだ。
 幸いにも妻は出掛けたままで夜までは帰ってこないだろう。 寝ていても誰も不思議だとは思わない。
部屋に入ると俺は頭から布団をかぶって夢の中へ落ちて行った。

 それから何時間が経ったのだろう? 居間で電話が鳴っているのが聞こえた。
目を覚ましたのはいいが動きたくない俺は布団の中でゴロゴロしている。 留守電のスイッチが入った。
 「あのさあ、あたし今夜は友達の家に泊まるから夕食は勝手に食べててね。 じゃあねえ。」 妻からの電話だった。
(今夜もお泊り化。 不倫じゃないよね?) 自ら他の女を抱いておいて何を言ってるんだろう?
おじさんって都合のいいことを考える生き物なんだなあ。
 苦笑しながら居間に入る。 そしてお湯を沸かすとまたコーヒーを飲む。
それにしても京子を抱いたあの感じが忘れられなくてなんかうずうずしている。 変なやつだなあ。
嫁さんを抱いた時には何とも思わなかったのに他の女にここまで萌えるなんて、、、。
しかも相手は何となく峰不二子にも似た得体の知れぬ魅力を持った麻薬のような女だ。 危ない恋程人を狂わせるのだろうか?
 闇を抱えた女ほど萌えるんだってアダルト業界の人間が話していたことを思い出す。 だから北朝鮮のあの人にも?
大韓航空機か何かを爆破したあの女、、、。 彼女には北朝鮮の越えられない闇が有った。
 そして覚醒剤に手を突っ込んだ元アイドルにも、、、。 闇ってそんなに魅力的なのだろうか?
京子にも得体の知れぬ闇を感じていながらそんなことを考えている。 妻は闇なんて何も無い女だった。
だからといって物足りなかったわけではない。 娘のことだって彼女は懸命にやってくれていた。
 それでもこの年になって他の女に手を出したわけだ。 なんとまあ罪深い男だろう?
江戸時代なら人間としては見られないよな、俺たち。 金さんが居なくて良かったのかも。
 前の通りを大声で話しながら歩いていく人たちが居る。 たまに車も過ぎていく。
何の変哲も無く何の異常も無くただただ平和に時間だけが過ぎていく。
その一方で闇に葬られていく人間が居る。 今日も何処かで刃を向けられる人間が居る。
 警察に追われている人間が居る。 誰かを追い掛けている人間が居る。
生まれてくる命も有れば死んでいく命も有る。 悲喜こもごもと言っていい。
 その中で俺も50を過ぎた。 いい加減おっさんである。
これまで仕事一筋に走り抜けてきたつもりである。 ところがどうもそんな自負が無い。
 懸命になって潜り抜けてきたはずなのに実感が無いんだ。 いつも周りの社員に支えられてきたから。
なんかフワフワしている社長だなあ。 コーヒーを飲みながら俺はそう思う。
 珍しく新聞を取り寄せて読んでみる。 最後のほうにジョーシーの記事が載っていた。

 『3年前に観光ビザで入国後、行方不明になっていた。』

 (やっぱりか。)って感じだな。 そして決め手になったのが大きな花のブローチだった。
それを購入した人間も割り出されていたらしい。 写真を見るとあの男だった。
 しかもそいつには殺人容疑も掛けられているという。 (おかしいな。 あいつは桜田組じゃないのか?)
組の人間だったらそこまではららないだろう。 やるということは組の人間ではないのか?
 記事を読み進めると谷川物産という企業名が出てきた。 (谷川物産?)
アジア全域で経済交流を進めている中堅企業だ。 そこの専務だったらしい。
 しかもベトナム タイ ミャンマー カンボジアの担当だという。 出来過ぎた話だよな。
いくら何でも一人でそこまでは見れないだろう。 不可解な話だね。
 そこへ電話が掛かってきた。 「もしもし、、、。」
「ああ、京子です。」 「なんだ、京子ちゃんか。」
「ニュース見たでしょう?」 「ジョーシーのかい?」
「うん。 あれってさあおかしいとは思わなかった?」 「何が?」
「犯人だって言われている男のことよ。」 「あいつはスナックで見掛けた、、、。」
「別人よ。」 「何だって? 別人?」
 「そう。 鼻をよく見て。 あの日に見掛けた男は右側に黒子が在ったのよ。」 そう言われて俺は写真を見直した。
「うーーーん、俺にはよく分からん。」 「いいわ。 明日にでも話してあげる。」
電話は切れた。 ますます不思議な話である。
 「人違い、、、、、。」 何で京子がそこまで言い切れるんだろう?
あの日、ジョーシーに成りすましているホステスと話していた男の顔を思い出してみる。 店内は薄暗くてよくは見えなかった。
そして京子はスマホを弄りながら飲んでいた。 ママはホステスが出てくると入れ替わるように奥へ引っ込んでしまった。
 馴染みの客も居たはずなのになぜママは奥へ引っ込んだのだろう? 何か用事が有ったのか?
そこまで思い辿った時、また電話が鳴った。
 「ねえねえ知ってる?」 「何を?」
「あのスナックのママさんに逮捕状が出たのよ。」 「逮捕状?」
「そう。 麻薬取締法違反だって。」 「それって桜田組のやつじゃないのかい?」
「もちろんそうよ。 でもね、警察だって「ここまでやってます。」っていう格好を見せておかないと世間がうるさいでしょう?」 「それはそうだけど何で逮捕状を?」
「ほら、あの日さあ「ママにもガッポリ儲けさせてやるぞ。」って言ってた男が居たでしょう?」 「ああ、居たね。」
「その男が垂れ込んだんだって。」 「垂れ込んだ? 警察に? ますます不思議な話だね。」
「おそらくはマーガレットのママがやらせたのよ。」 「何のために?」
「口封じ。」 「闇だね。」
「そうよ。 あの世界は何処まで行っても闇。 昨日の愛人は明日の敵。」 「俺たちには読めない世界だね。」
「今夜は暇なの?」 「ああ。 嫁さんも友達の家に泊るらしい。」
「じゃあさあ私の部屋に来ない? 夕食もまだでしょう?」 「そうだ。 「勝手に食べてね。」なんて電話してきたから。」
「いいわ。 うちでゆっくりして。」 「分かった。」
 長電話をした後、俺は妻に置手紙をして家を出た。
ついこの間、京子と過ごしたと思っていたのに桜田組のニュースを見た後でまたまた、、、。
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