ブラックコーヒーに角砂糖一つ
「あの店でずっとスマホを見てたよね?」 「実はさ、ばれないように写真を撮ってたの。」
「え? 写真?」 「そうよ。 ほら、これ。」
京子が何枚かの写真をテーブルに並べた。 ママ、そしてホステス、さらにはあの男たち。
「これがブローチを渡したっていう男。 そしてこっちが新聞に載ってた男。」 よく見ると確かに違う男に見える。
「新聞に出てた男の人はごく普通のサラリーマンよ。」 「何だって?」
「この男を出すと組がやばくなるから。」 「それはそうだろうけど何で?」
「おそらくは警察の上層部が絡んでるわね。 桜田組に下りてる人たちも居るから。」 「そいつらが動かしたのか。」
「でもあのママの逮捕状は本物よ。」 「だとしたら、、、。」
「だから先手を打ってマーガレットは閉店したの。」 「そうだったのか。」
「読めなかったでしょう?」 「深過ぎて分からないよ。」
「一般人には解読なんて無理よ。」 「でも何で京子は?」
「さあねえ。 予知能力でも有ったのかなあ?」 笑ってごまかす京子はワインをグラスに注いだ。
「乾杯しましょう。」 そう言われて俺もグラスを持った。
「今日も泊っていってね。」 「、、、。」
いいとも悪いとも言えないのが苦しい所である。 まあいいか。
ワインを飲みながら閉店した喫茶店を見下ろす。 まるで忘れ去られた廃墟のようだ。
あの時の賑わいは無い。 店内も真っ暗なら周囲も真っ暗だ。 近付く人も居ない。
「あそこのママはね、桜田組を守るために差し出されたのよ。」 「そうか。」
「でもね、心配が一つだけ有るのよ。」 「何?」
「ママを調べていくと今の組長に突き当たるってこと。」 「それがどうしたんだ?」
「あの組長はね、直接関わってはいないけどこれまでに何人も殺してるのよ。」 「あの世界なら珍しいことじゃないだろう。」
「んんんん、そこが違うの。 殺した相手がみんな外国人なのよ。」 「何だって?」
京子はワインを注ぎ足して話を続けた。 「全て大麻とヘロイン絡みなの。 しかもイラン タイ アメリカ フィリピン ベトナム、、、。」
「それがどうしてやばいんだ?」 「ベトナムなんかはたまに在りそうな話なんだけどアメリカ人はほとんど聞いたことが無いでしょう?」
「うーーーーん、言われてみればそうだな。」 「しかもね、外交官だったのよ。」
「それはまずいよ。」 「今は何とかばれずに済んでるけどママの自供次第ではどうなるか分からないの。」
「確かにな。 でもそれならママが自殺することだって有るんじゃないのか?」 「それを警戒して24時間監視を付けてるわ。」
聞けば聞くほど一般庶民には理解しがたい話ばかりである。 京子が何ゆえにこれほどの秘密を知っているのか?
過去に諜報活動でもしていたのでは? そう疑ってもいいくらいの話だ。
「心配しないで。 私はスパイでも何でもないから。」 そうは言うけれど簡単には信じがたい。
静かな部屋で静かにワインを飲んでいる。 時々、京子はスマホを弄っている。
「マーガレットのママってさあ可愛いと思わない?」 「どうだろうなあ? 本性を知らないやつからすれば可愛く見えるんじゃないのか?」
「やっぱりそう思う?」 「俺はずっと商売をしてきたんだ。 人を見るのは慎重になるよ。」
「そうよねえ。 でもね、一般人からすればあのママは怖く見えるかもしれないわ。」 「何で?」
「こないだ、弟が殺されたところを見たでしょう? ふつうの女ならあそこまでてきぱきと指示は出来ないわよ。」 「そうだね。 やり手だなって思ったよ。」
「ふつうのOLだったら動転してパニックになってるわ。」 「何であの人は?」
「組長の愛人だからあんな修羅場を何度も見てきたのよ。 そうじゃないとあそこまでは動けないわ。」 「確かに、、、。」
それ以来、俺も京子も黙り込んでしまった。 時刻は午後7時を過ぎたところ。
「ねえねえ、あの焼鳥を食べに行かない?」 「そうだな。 気分転換もしとかないと明日が大変だ。」
京子がタクシーを呼び付ける。 マンションの玄関まで下りてくると見たことの無い男がオートロックの玄関から入ってきた。
外に出るとマーガレットの空き店舗をチラッと見てからタクシーに乗り込む。 運転手はラジオに夢中だ。
あの事件の跡もきれいに掃除されて何事も無かったように見える。 そうじゃないと売るにも売れないからね。
元々疑惑付きの喫茶店ではあったんだ。 夜になれば水割りまで出してたんだからさ。
時には最高級のウイスキーとかテキーラとか棚に並べて飲んでたっけ。 酔っ払って女に絡む男も多かった。
だからそれで警察が飛んできたことも有るんだそうで、、、。 騒いだ女はどうなったんだろう?
「騒いだ子たちは薬漬けにされて東南アジアに売られたわよ。」 「売られた?」
「そう。 薬漬けだから自分のことも分からなくなったのね。 アリ地獄そのものよ。」 「何でそれを京子が?」
「風の噂よ。」 とはいうけれど確かにここ数年、失踪者の情報が増えている。
そのほとんどがここ、マーガレット絡みだと京子は話していた。 悍ましい世界だね。
「だってさあ、事に失敗したら最初はまあ許されるけど最後には消されるのよ。 居てもらっちゃ困るんだもん。」 「そりゃそうだけど、、、。」
「あの人たちには人権とか命とか関係無いの。 勝てばいいんだから。」 「勝つ? 何に?」
「警察よ。」 澄ました顔で言い切るのだから俺には冷や汗しか出てこない。
「大丈夫。 あの人たちと関わってるわけじゃないから寄っても来ないし騒いでも来ないから。」 「よく平気でいられるねえ。」
「女だからよ。」 図星だと俺は思った。
男だったらいろいろと考えてしまって躊躇しただろうに。 さあ目当ての焼鳥屋 次郎衛門んに着いた。
「こんばんは。」 「おー、久しぶりだね。」
親父さんはカウンターの向こう側で肝を焼いていた。 「今夜もお任せで頼むよ。」
「あいよ。 どんどん焼くからどんどん食べてや。」
今夜も客は他に無い。 この小さな店で親父さんは暢気に焼いている。
ラジオが点いている。 音楽が聞こえてくる。
京子も物思いに耽りながら皮を食べている。 引き戸が開いた。
「おー、太郎君じゃないか。 久しぶりだね。」 「こんばんは。 お久しぶりです。」
どうも親父さんの馴染みらしい。 俺は京子の顔を覗き込んでみた。
あの日のようにポーっと酔っているみたい。 なんかその顔が色っぽく見えるんだよなあ。
親父さんは肝と軟骨を焼き台に置いた。 俺も肝を齧りながらラジオを聴いている。
うっかりすると寝てしまいそうなくらいに長閑な音楽が聞こえている。 親父さんは入ってきた男と話をしている。
「ここでニュースです。」 アナウンサーが割って入った。
「ホステス殺人の容疑で逮捕されていた金田利光容疑者が逃亡しました。」 「何だって?」
そのニュースに俺も親父さんも驚いたように声を挙げた。 「あの男が逃亡した?」
「信じられないわね。 留置場の誰かが逃がしたんじゃないかな?」 「そんなことって有るのか?」
「あの組ならやるわよ。」 「とはいっても、、、。」
「県警本部長に一本入れたんでしょう。 簡単なことよ。」 澄ました顔で酒を飲んでいる京子の横顔を見詰める。
「明日、たぶんはっきりするわ。 そして逃がした警官が処分されるのね。」 「割に合わん仕事だなあ。」
親父さんも目を丸くしているが京子は平然としている。 「利益を守るためよ。」
「うーーーん、俺には分からんなあ。」 親父さんは水を飲み干すとトイレに立った。
「え? 写真?」 「そうよ。 ほら、これ。」
京子が何枚かの写真をテーブルに並べた。 ママ、そしてホステス、さらにはあの男たち。
「これがブローチを渡したっていう男。 そしてこっちが新聞に載ってた男。」 よく見ると確かに違う男に見える。
「新聞に出てた男の人はごく普通のサラリーマンよ。」 「何だって?」
「この男を出すと組がやばくなるから。」 「それはそうだろうけど何で?」
「おそらくは警察の上層部が絡んでるわね。 桜田組に下りてる人たちも居るから。」 「そいつらが動かしたのか。」
「でもあのママの逮捕状は本物よ。」 「だとしたら、、、。」
「だから先手を打ってマーガレットは閉店したの。」 「そうだったのか。」
「読めなかったでしょう?」 「深過ぎて分からないよ。」
「一般人には解読なんて無理よ。」 「でも何で京子は?」
「さあねえ。 予知能力でも有ったのかなあ?」 笑ってごまかす京子はワインをグラスに注いだ。
「乾杯しましょう。」 そう言われて俺もグラスを持った。
「今日も泊っていってね。」 「、、、。」
いいとも悪いとも言えないのが苦しい所である。 まあいいか。
ワインを飲みながら閉店した喫茶店を見下ろす。 まるで忘れ去られた廃墟のようだ。
あの時の賑わいは無い。 店内も真っ暗なら周囲も真っ暗だ。 近付く人も居ない。
「あそこのママはね、桜田組を守るために差し出されたのよ。」 「そうか。」
「でもね、心配が一つだけ有るのよ。」 「何?」
「ママを調べていくと今の組長に突き当たるってこと。」 「それがどうしたんだ?」
「あの組長はね、直接関わってはいないけどこれまでに何人も殺してるのよ。」 「あの世界なら珍しいことじゃないだろう。」
「んんんん、そこが違うの。 殺した相手がみんな外国人なのよ。」 「何だって?」
京子はワインを注ぎ足して話を続けた。 「全て大麻とヘロイン絡みなの。 しかもイラン タイ アメリカ フィリピン ベトナム、、、。」
「それがどうしてやばいんだ?」 「ベトナムなんかはたまに在りそうな話なんだけどアメリカ人はほとんど聞いたことが無いでしょう?」
「うーーーーん、言われてみればそうだな。」 「しかもね、外交官だったのよ。」
「それはまずいよ。」 「今は何とかばれずに済んでるけどママの自供次第ではどうなるか分からないの。」
「確かにな。 でもそれならママが自殺することだって有るんじゃないのか?」 「それを警戒して24時間監視を付けてるわ。」
聞けば聞くほど一般庶民には理解しがたい話ばかりである。 京子が何ゆえにこれほどの秘密を知っているのか?
過去に諜報活動でもしていたのでは? そう疑ってもいいくらいの話だ。
「心配しないで。 私はスパイでも何でもないから。」 そうは言うけれど簡単には信じがたい。
静かな部屋で静かにワインを飲んでいる。 時々、京子はスマホを弄っている。
「マーガレットのママってさあ可愛いと思わない?」 「どうだろうなあ? 本性を知らないやつからすれば可愛く見えるんじゃないのか?」
「やっぱりそう思う?」 「俺はずっと商売をしてきたんだ。 人を見るのは慎重になるよ。」
「そうよねえ。 でもね、一般人からすればあのママは怖く見えるかもしれないわ。」 「何で?」
「こないだ、弟が殺されたところを見たでしょう? ふつうの女ならあそこまでてきぱきと指示は出来ないわよ。」 「そうだね。 やり手だなって思ったよ。」
「ふつうのOLだったら動転してパニックになってるわ。」 「何であの人は?」
「組長の愛人だからあんな修羅場を何度も見てきたのよ。 そうじゃないとあそこまでは動けないわ。」 「確かに、、、。」
それ以来、俺も京子も黙り込んでしまった。 時刻は午後7時を過ぎたところ。
「ねえねえ、あの焼鳥を食べに行かない?」 「そうだな。 気分転換もしとかないと明日が大変だ。」
京子がタクシーを呼び付ける。 マンションの玄関まで下りてくると見たことの無い男がオートロックの玄関から入ってきた。
外に出るとマーガレットの空き店舗をチラッと見てからタクシーに乗り込む。 運転手はラジオに夢中だ。
あの事件の跡もきれいに掃除されて何事も無かったように見える。 そうじゃないと売るにも売れないからね。
元々疑惑付きの喫茶店ではあったんだ。 夜になれば水割りまで出してたんだからさ。
時には最高級のウイスキーとかテキーラとか棚に並べて飲んでたっけ。 酔っ払って女に絡む男も多かった。
だからそれで警察が飛んできたことも有るんだそうで、、、。 騒いだ女はどうなったんだろう?
「騒いだ子たちは薬漬けにされて東南アジアに売られたわよ。」 「売られた?」
「そう。 薬漬けだから自分のことも分からなくなったのね。 アリ地獄そのものよ。」 「何でそれを京子が?」
「風の噂よ。」 とはいうけれど確かにここ数年、失踪者の情報が増えている。
そのほとんどがここ、マーガレット絡みだと京子は話していた。 悍ましい世界だね。
「だってさあ、事に失敗したら最初はまあ許されるけど最後には消されるのよ。 居てもらっちゃ困るんだもん。」 「そりゃそうだけど、、、。」
「あの人たちには人権とか命とか関係無いの。 勝てばいいんだから。」 「勝つ? 何に?」
「警察よ。」 澄ました顔で言い切るのだから俺には冷や汗しか出てこない。
「大丈夫。 あの人たちと関わってるわけじゃないから寄っても来ないし騒いでも来ないから。」 「よく平気でいられるねえ。」
「女だからよ。」 図星だと俺は思った。
男だったらいろいろと考えてしまって躊躇しただろうに。 さあ目当ての焼鳥屋 次郎衛門んに着いた。
「こんばんは。」 「おー、久しぶりだね。」
親父さんはカウンターの向こう側で肝を焼いていた。 「今夜もお任せで頼むよ。」
「あいよ。 どんどん焼くからどんどん食べてや。」
今夜も客は他に無い。 この小さな店で親父さんは暢気に焼いている。
ラジオが点いている。 音楽が聞こえてくる。
京子も物思いに耽りながら皮を食べている。 引き戸が開いた。
「おー、太郎君じゃないか。 久しぶりだね。」 「こんばんは。 お久しぶりです。」
どうも親父さんの馴染みらしい。 俺は京子の顔を覗き込んでみた。
あの日のようにポーっと酔っているみたい。 なんかその顔が色っぽく見えるんだよなあ。
親父さんは肝と軟骨を焼き台に置いた。 俺も肝を齧りながらラジオを聴いている。
うっかりすると寝てしまいそうなくらいに長閑な音楽が聞こえている。 親父さんは入ってきた男と話をしている。
「ここでニュースです。」 アナウンサーが割って入った。
「ホステス殺人の容疑で逮捕されていた金田利光容疑者が逃亡しました。」 「何だって?」
そのニュースに俺も親父さんも驚いたように声を挙げた。 「あの男が逃亡した?」
「信じられないわね。 留置場の誰かが逃がしたんじゃないかな?」 「そんなことって有るのか?」
「あの組ならやるわよ。」 「とはいっても、、、。」
「県警本部長に一本入れたんでしょう。 簡単なことよ。」 澄ました顔で酒を飲んでいる京子の横顔を見詰める。
「明日、たぶんはっきりするわ。 そして逃がした警官が処分されるのね。」 「割に合わん仕事だなあ。」
親父さんも目を丸くしているが京子は平然としている。 「利益を守るためよ。」
「うーーーん、俺には分からんなあ。」 親父さんは水を飲み干すとトイレに立った。