ブラックコーヒーに角砂糖一つ
 近頃は政界もマスコミも庶民もすっかり世知辛くなってしまったようだ。
何かと相手を批判して自分の優位を強調しようとする人間が増えてしまったように思えてならない。
特に金の問題は批判というよりも局所攻撃と言ったほうがいいかもしれないレベルである。 叩けばいいのか?
叩くだけでは解決などしない。 何をどうすれば問題が解決するのかをじっくりと議論する必要が有る。
 どちらにも同程度の言い分が有るのだから、、、。
 しかしね、政治家がそれをやったからと言って庶民が困窮していることを引き合いに出して追及するのはナンセンスである。
 確かに口に出せないほど困窮している人は居るだろうが、だからといってそれを攻撃材料に使うのは間違いだ。
 そりゃね、政治家は肩書が物を言う歪んだ世界だよ。 庶民には到底想像も出来ない世界だ。
そこでは毎日何万という金が行き来している。 札束が飛び交うのを見ていたら金銭感覚もおかしくなるよ。
 むしろ、正常で居ろと言うほうが酷かもしれない。
その中で改革しようとしているんだ。 文句は後で言えばいい。

 都知事選もすぐそこだ。 そりゃね、都の政策を論議する場に国政を持ち込むなっていう気持ちも分かるよ。
対抗馬にどんどん攻めてもらいたいという気持ちも分かるよ。
でもね、大切なことは【東京をどうしたいのか?】ってことだろう。
 国政がどうであれ、心情がどうであれ、そんなのは関係ない。
都政をどの方向へ導きたいのか、都民に何をしたいのか、それを明らかに出来ない候補者は失格だろうよ。
 代理戦争をやってるわけじゃないんだからさ、攻撃一辺倒の候補を応援するのもどうかと思うよ。
 攻撃しているのはたいていが攻撃されたくはない左巻きの皆さんだ。 だからそんな類の連中には強気でガツンとやるしかないんだよね。
やれなかったらとことんまで追い込まれて突き破られてしまうぞ。

 京子もコーヒーを飲みながら何かを考えている。 会社では見たことが無いくらいに静かな横顔である。
焼き鳥を齧っていたあの顔、そしてスナックでスマホを開いていたあの顔、、、。
「そういえば、、、。」 京子が不意にスマホを開いた。
「何か有ったのか?」 「こないだの事件を覚えてる?」
「こないだの事件?」 「そう。 ホステスが殺されていたあの事件。」
「あれがどうかしたの?」 「ママがね、指名手配されたのよ。」
「何だって? 指名手配?」 「そう。 死体遺棄容疑だって。」
「よく指名手配できたな。」 「ここまでは警察もやるのよ。 やってないと何もしないって言われるから。 問題はここから先よ。」
「先ね、、、。」 「追い掛けてはみるけど捕まえるかどうかは分からないわ。」
「桜田組か?」 「そうねえ。 あそこにママを嫌ってる人が居れば別なんだけどねえ。」
「どういうこと?」 「ほら、麻薬のほうも絡んでるでしょう? その金が大きいのよ。 何千万って入ってくるから。」
「そうだな。 それじゃあ簡単に捕まえさせるわけにはいかないわな。」 持ちつ持たれつということだ。
 組の連中がスナックの客であり、ママは薬の売人である。 そして不法滞在の女たちを働かせているのだ。
入管の情報だって流れてきているに違いない。 やばいと思えば消すことだって躊躇わないだろう。
 それであのホステスを殺して草むらに放り投げたんだ。 でもあのブローチがヒントを与えてしまった。
それでママは逃亡したのか? でも逃げてどうするのだろう?
薬の売上金を持ってなければ逃げられないはず。 スナックの稼ぎは組の収入減になっているのだから。
(ということはあのママを囲っている男が居るってことだな。) 俺はコーヒーを飲み干してから窓際に立った。
 「いい眺めでしょう?」 京子も俺の横に立った。
「眺めはいいけど恐ろしい所だな。」 「何で?」
「ほら、あそこ。」 「え? あの喫茶店がどうかしたの?」
「あそこは組長の愛人がやってる店だよ。」 「そうだったの? それは知らなかったなあ。」
 喫茶、マーガレットは昼2時に開店する。 そして午前0時まで営業している。
悪い噂はあまり聞かないが、さりとていい噂も聞かない。 以前は警察幹部も女を連れて飲みに来ていたという疑惑付きの喫茶店だ。
 「以前、あそこの前で狙撃事件が有っただろう? 覚えてる?」 「あれは確か、20年くらい前よね?」
「そうだ。 その時もフィリピン系の女が殺されかけたんだ。」 「フィリピン系?」
「そう。 ジャパ行きさんの孫だと勝手女だった。」 「それでどうしたの?」
「あの時は桜田組の下っ端が逮捕されたんだよ。 殺人未遂で。」 「未遂か、、、。」
京子は静かに空を仰いだ。 日差しも落ち着いてきたらしい。
 何も言わず、俺は京子の腰に腕を回した。 「抱いてもいいわよ。」
胸に飛び込んできた京子は俺の頬に指を滑らせてくる。 (甘えたいのかな?)
きつく抱き締めた京子を連れて寝室へ、、、。 ベッドに飛び込むと俺たちはそのまま絡み合った。
 そのままで寝入ってしまった俺たちが目を覚ましたのは夜だった。 「起きようか。」
「そうね、すっかり寝ちゃったわ。 激しかったなあ。」 京子は裸のままで浴室へ入っていった。
 俺は窓から下を覗いてみた。 マーガレットも営業しているようだ。
「ん? あれは、、、。」 俺が気になったのは金髪の男。
ずっと前、どっかの駅のホームで乗客を突き落としたとか言って逮捕された男だ。 (やつが出てきたのか。)
「ねえねえ、シャワー浴びてもいいわよ。」 そこへ京子が駆け寄ってきた。
「何を見てるの?」 「あの男だよ。」
「あれは、、、。」 「知ってるのか?」
「キャサリン アリシアの彼氏よ。」 「誰だ それ?」
「キャサリンってママが一番可愛がってた女よ。」 「そいつとあの男が?」
「そう。 この辺じゃあ珍しい国際結婚だって噂だったわ。 でもあの男が逮捕されてからキャサリンは行方不明なの。」 「そいつもか?」
「ただね、死んだとか逃げたと買って話は聞いてないの。 何処かに隠してるのね たぶん。」 「何で?」
「キャサリンも例に漏れなく不法滞在者だからよ。」 京子は椅子に座るとコーヒーを飲んだ。
 しばらくしてシャワーを浴びた俺は京子の向かい側に座った。
 「この町は不法滞在者の町なんだなあ。」 「かもしれないわね。 桜田組が繁栄している以上は、、、。」
以前から反対運動は起きている。 しかし、知らない間に揉み消されてしまっているんだ。
警察も取り合えず動く振りだけはする。 一応、桜田組と謀っているらしい。
県の役人も目は付けているが、本腰を入れて動こうとはしない。 動けばキックバックをばらされてしまうから。
 県警のお偉いさんたちも女と薬にやられてしまって捜査することもしない。 その中であの事件は意外だった。
 ジョーシーだけは警察が本腰を入れて殺人容疑の捜査をしているのだ。 何か有りそうだ。
 あの日、俺が死体を見付けた時はどうなるかと思ったんだがね。 確かに交番の警官は「またか」という顔をしていた。
だが、直後に数台の車を連ねて現場へ飛んできたんだ。 一般人の手前、「俺たちは動いてるぞ。」って言うパホーマンスなのかも。
 それにしては新聞にも発表されたんだ。 何かが違う。
 もう夜である。 奥さんのほうは『今夜は泊るわ。』というメールを寄越して以来、何も言ってこない。
 俺はこうして不倫を楽しんでいる。 実際には不倫などという汚らわしい関係ではないのだけど。
 職場では社長と秘書。 今はただの男と女。
俺はただマーガレットの様子が気になっている。 京子もそのことは感づいているらしい。
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