魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

監禁2

 監禁されたその夕方、ディオスが夕食を運んできた。中央のテーブルに並べられる鳥の丸焼きに新鮮な生野菜のサラダ、温かなパンに、豆をベースとしたスープ……どれも美味しそうに見えるが、食欲が湧いてこない。
「レティシア様、夕食をどうぞ」
「……食欲がありません」
 そう答えているのにも関わらず、ディオスは椅子を後ろに引き、椅子に座るように促してくる。
「そうは言っても、食べて貰わねば私が困ります」
「食べたくないです」
 再度そう告げると、ディオスは深く溜息を吐き「時間になったら片付けに参ります」とだけ言い部屋から出て行った。勿論、鍵は閉めて行った。
「セシル様……」
 朝の見送り以降、見ていないセシリアスタの顔が脳裏に浮かぶ。備え付けられたソファに腰掛け、セシリアスタに思いをはせる。
(今頃、怒っていらっしゃるわよね……。勝手なことをしたのだもの)
 だが、後悔はしていない。あのままだったら、カーバンクルの容体はどうなっていたのか……想像するだけで恐ろしくなった。そんなカーバンクルは、テーブルに置かれた食事の匂いを嗅いでいた。
「あ、カーバンクルはお腹空いたわよね。私は食欲がないけれど、あなたは食べて頂戴」
 そう言うと、カーバンクルは「キュウウ!」と鳴き、額の石が光り出した。
「きゃっ」
 眩しさに目を覆い、手の隙間からカーバンクルの様子を窺う。カーバンクルの石が光ったのと同時に、食事から黒い靄のようなものが浮かび上がった。
「キュウッ」
 黒い靄が一点に集まっていく。カーバンクルのひと声の後、それは見事に霧散した。
「何、今の……?」
 レティシアは先程の黒い靄が気になったが、黒い靄を取り除いたカーバンクルはすぐさま鳥の丸焼きに齧り付いた。大きく口を開けながら口の端を汚してまで無我夢中で食べるその姿に、レティシアは少しずつ食欲が戻ってきた。
「ふふっ、あなたのお陰ね……」
「キュウ?」
 テーブルに近付き、口の端を布巾で拭ってやりながら、レティシアは椅子に腰掛ける。そっとナイフで鳥の丸焼きを切り分けてやり、用意された皿に盛りつけた。
「あなたの分よ。さあ、一緒に食べましょう」
「キュ、キュウ!」
 嬉しそうに鳴くカーバンクルに微笑みながら、レティシアは食事に手を伸ばした。




 それからというもの、食事が運ばれてくると必ずカーバンクルが黒い靄を霧散させてから食事をとるスタイルになった。入浴は自分で行い、服は嫌々ながらも用意されていた服に袖を通した。入浴の湯にも服にもカーバンクルが率先して光を放ち、黒い靄を消してくれていた。黒い靄からは邪な魔力が感じられ、カーバンクルがその靄を消してくれると嫌な感じはしなくなっていた。
 図鑑には載っていなかったが、どうやらカーバンクルには浄化の力があるのかもしれない――。この数日で、そう思えた。


(もう、三日が経つのね……)
 僅かに月明かりの差し込む窓から外を眺めるレティシア。セシリアスタへの想いは日に日に強まるばかりだ。そんなレティシアを見かねて、カーバンクルはレティシアの肩に飛び乗り、頬を優しく舐めた。
「ありがとう。あなたがいてくれるから、私は頑張れるわ」
 喉を撫でながら、レティシアはカーバンクルに礼を述べる。
「あなたに名前をつけてあげる。そうね……カール、はどうかしら」
 安直な名前だったかも、と思ったが、カーバンクルは頬を摺り寄せてきた。気に入ってくれたのだろうか――。
「カール、暫くあなたにも辛い日々を送らせてしまうけど、許してね」
「キャウ」
 普段とは違った鳴き声で鳴きながら、頬を摺り寄せてくるカール。そんなカールに、レティシアは癒されていったのだった。







「レティシア! 今日も君は美しいね……その服も似合っているよ」
 クローゼットに入っていた、ピンクのフリルのたくさん付いたロングドレスを身に纏い、レティシアはヴィクターに目もくれず外を眺めていた。そんなレティシアに近付き、ヴィクターはレティシアの肩に自身の手を置いた。
「レティシア、そろそろ君も僕の伴侶になりたくなってきただろう?」
「触らないでください。それと何度も言いますが、私はセシル様以外の妻になるつもりはありません」
 ヴィクターの手を払い落とし、キッと睨み付ける。だが、「そんなレティシアも美しい」とヴィクターは言うだけだ。
「いい加減、外が恋しくなってきただろう? 僕の妻になると頷けば、すぐにでも外に出してあげるのに……」
「あなたこそ、人を監禁している自覚はないのですか? 犯罪ですよ?」
 ヴィクターを諭すようにレティシアは話しかける。だが、ヴィクターはにこやかに笑うだけだった。
「君が素直に妻になると言えば、外に出してあげるんだ。監禁ではないさ」
 その言葉に、レティシアは言葉が通じないと小さく溜息を吐いた。そんな時、ビビアナが部屋へとやってきた。
「兄さま、そろそろあたしと交換でしょ?」
「もうそんな時間かい? もっとレティシアと会話がしたいのに……」
「駄目。時間は守って」
 即答するビビアナに、ヴィクターは「また来るね。愛しのレティシア」と言い部屋を出て行った。今度はビビアナだ。再び、小さく溜息を吐く。
「ねえ、お義姉さんさあ……。いい加減、諦めたら?」
 何時もの暴力にでるやり方と違うビビアナに、首を傾げる。
「……何がですか?」
「セシリアスタのことだよ。もう四日だよ? 四日も経つのに、迎えにすら来ないじゃん。あんたのことなんて、捨てたんだよ」
「っ」
 その言葉は、ずっと殻に閉じこもっていたレティシアの心に亀裂を入れた。レティシアの表情が変わったのを良いことに、ビビアナは言葉を続けた。
「セシリアスタも、新たな妻を探しているんだよ。きっともうすぐ、あたしの元に婚約書が届く筈さ。あんたは捨てられたんだよ」
「そんなこと……」
「諦めが悪いよ! あんたは捨てられたんだ! この数日なにもしてこないのが証拠さ! 不良品は要らなくなったんだよ!!」
 ビビアナの言葉に、思わず耳を塞ぐレティシア。だが、ビビアナはエンチャント魔法を使いレティシアの手を耳から引き剥がす。そして更に言葉を続ける。
「もう忘れなよ? セシリアスタも、あんたのことは忘れているよ。さっさと忘れて、兄さまと新しい恋をすればいいんだよ。な? お義姉さん?」
 にたぁ、と深い笑みを浮かべレティシアへ囁きかけるビビアナ。だが、レティシアは頭を振った。
「いえ、いいえっ、私はセシル様を信じてます! 絶対に、セシル様を忘れたりはしません!」
 そう言い切った瞬間、頬に激しい痛みが走った。床に倒れ込み、殴られたのだと理解する。
「いい気になるなよな、不良品……もうじき、あたしに手紙が届く。そうすればお前は自動的に兄さまの妻だ」
 言葉を履き捨て、手を振りながらビビアナは部屋から出て行った。カールが駆け寄り、レティシアを心配そうに見上げる。
「大丈夫よ。絶対、セシル様が助けに来てくれるから……」
 そうですよね? セシル様――。立ちあがり、カールを抱きかかえながら、セシリアスタを信じて待つレティシアだった。
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