極秘の懐妊なのに、クールな敏腕CEOは激愛本能で絡めとる
ヒロインとヒーローが出会って冒険に出かけたところまで読んで、二葉は紅茶のカップに手を伸ばした。香り高い紅茶をゆっくりと飲んで、ふと左側に顔を向ける。
(あれ)
ほんの十数分前までそこにいたクールなイケメンは、いつの間にか席を立ったらしく、もう店内に姿はなかった。
二葉が集中して本を読んでいたから、声をかけずに立ち去ったのかもしれない。
(私より二、三歳年上っぽかったな。最初は冷たそうな印象を受けたけど、笑うと優しそうだった。いや、実際に優しい人だった)
異国の地で困っているときに親切にしてもらったからか、もう会えないのだと思うと、とても残念に感じる。
(まさに一期一会……。でも、こういう出会いこそ旅の醍醐味だよね……)
紅茶のカップをソーサーに戻して、小さく息を吐いた。
二葉は六年前、二十二歳のときに英文学部を卒業して、翻訳会社に就職した。
本当は翻訳者として働きたかったのだが、翻訳経験のない二葉に任されたのは、コーディネーターの仕事だった。
企業や大学や研究機関から、さまざまな言語のビジネス文書や社内報、公文書や研究論文など、多種多様な文書の翻訳依頼が翻訳会社に入る。すると、コーディネーターは会社に登録されている翻訳者に、得意言語や分野に応じて仕事を依頼するのだ。