極秘の懐妊なのに、クールな敏腕CEOは激愛本能で絡めとる
『さあ、もうすぐディナーの用意ができるから、荷物を置いていらっしゃい』
『はぁい』
 二葉は明るく返事をして、借りている個室に向かった。かつて夫婦が客間として使っていた部屋だが、友達の多かった夫が亡くなって以来、泊まりに来る人はいなくなったのだそうだ。
 この部屋に滞在して、三日後でちょうど一ヵ月。その日にフローラの部屋をチェックアウトして、ロンドンから一八五キロメートルほど南西にあるバースに向かう。
 バースはイギリスで唯一の温泉地だ。ローマ時代の遺跡やジョージ王朝時代の建物がたくさん残っていて、街全体が世界遺産に登録されている。そんなバースに滞在するのはとても楽しみだが……優しいフローラは、二葉にとってロンドンのお母さんのような存在になっていた。
(フローラとお別れするのは寂しいな……)
 二葉は込み上げてきた寂しさを押し戻すように、ため息を呑み込んだ。



 心地よい眠りを耳障りなベルの音に遮られて、二葉はハッと目を覚ました。
「え、なに……?」
 玄関の方からドンドンドンッと激しくドアを叩く音が聞こえてくる。
 薄暗い部屋の中、時刻を見ようとスマホを探したとき、玄関からフローラの切羽詰まった声を聞こえてきた。
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