呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

18話 ばれた?


 ♢

 一つ、煩わしかった事項が解決したところで、ベッティーナの日常はなにも変わらなかった。
 朝、いつも通りの時間に目覚めると、支度を済ませて食堂へと向かう。
 そこで堂内をくるりと見渡すと、いつもなら先頭に立って給仕をしているキッチンメイド長の姿はなかった。
だが、そんなことで溜飲を下げたりもしない。まるでなにごともなかったかのように、すでに待ち受けていたリナルドの席の前へとつく。
「今日は、メイド長が休みを取ったみたいだから、いつもとメニューが違うらしいよ」
「そうですか」
「反応が薄いなぁ。たまに、違う趣向のメニューを食べられるっていうのは、平凡な日常の中じゃ結構嬉しいことなのに」
 この分ならメイド長が倒れた理由がベッティーナであることは。たぶん気づかれていない。悪霊も悪魔も見られていなかったのだ。
もっとも気にしていたことだったから、ここでベッティーナは少しほっとしてしまう。
「って、少しは嬉しそうにしてるじゃないか」
 知らずのうちに表情が緩んでいたらしいが、勝手にいいように解釈してくれた。
指摘されてからベッティーナは頬を引き締めなおす。続く会話を適当にあしらっていたら、朝食の提供がはじまった。
ベーコンガレットやキッシュなど、普段より少し豪華にも感じる食事が出されるなか、ベッティーナは一人、今日の予定を立てる。
ちりとりでゴミを掃除するみたいに、メイド長のことはもう頭の隅も隅に寄せられていた。だが、そこでリナルドが「そうだ」と呟く。
「あとで少し話があるんだけど、いいかな」
 丸パンをかじりながら、あくまでフランクにそれは切り出された。
 たった今思い出しただけ。素直に受け取ればそんなふうにも見えたが、あまりにも自然な流れが装われていて、逆に違和感があった。
 これまでのリナルドは、食事をしながら会話をすることはしなかったからだ。
「なんのことでしょう」
「まぁまぁ、それはあとで。今は食事に集中しようか」
 嫌な予感が唐突に頭を覆いつくし、心臓がばくと跳ね始める。
さすがにこうなったら、動揺する心をなんとか態度に出さないようにするのが目いっぱいだ。
食事が終わるまでの時間は、短かったはずが、ひどく長く感じられた。
「うん、やっぱりいつもと少しテイストが違ったね。今日は濃いめの味付けだったよね?」
リナルドにこう同意を求められたが、分からなかった。味なんて、ほとんどしなかった気がするくらいだ。
 そして、食後はついにやってくる。リナルドは、メイドたちに紅茶を給仕させたあと、わざわざ外へと払った。
「すまないが、稽古には少し遅れると言っておいてくれるかな」
 剣の稽古の時間をずらして、食堂の間に鍵をかける。
 その一連の流れをベッティーナは、処刑を待つ気分で見ているほかなかった。
 悪霊・悪魔を使ったことを見られたか、女性であることがばれたか、それともまったく別の用件か。
 三つ目の選択肢である可能性が、限りなく低いことをなんとなく察して、身がすくむ思いに支配される。一つ目と二つ目はどっちに転んでも、最悪なのだ。
 そして、審判の時はやってきた。
「さてベッティーノ君。端的に言おうか」
 ベッティーナの前の席まで戻ってきたリナルドが、席につく。
やはりここでも、わざとらしいくらいゆったりと紅茶に薄切りのレモンを浮かべながら彼は視線を落としたまま言う。
「君、悪魔と契約をしているんだろう?」
 やはり、そうだった。
 危惧していたことが、まさに起こってしまっていた。まさに痛恨の一撃、鈍器で撃たれたのに近い。ベッティーナは、頭がくらりと揺れる感覚に襲われる。
 そのまま倒れていきたくなるが、それを堪えた。ここで黙ることこそ、認めることに等しい。
「……どういった根拠があって、そのようなことを?」
「はは、そうくるか。まあ、うん。僕が君の立場でもそう返すかもしれないね」
「そういうのはいいのですが」
「随分と焦るね、珍しい。そんな君を見るのもまた新鮮な気がするよ」
 リナルドはカップを片手に背もたれへと倒れこむと、ベッティーナの方をにこにことして見る。
 もはや、それには言及しないこととした。このままでは、話が先に進まなくなってしまう。黙っていると、リナルドは身体をこちらへと起こした。
「見たんだよ、ラファがね」
 ラファといえば、リナルドの契約している天使だ。
「見慣れない悪魔が屋敷内を、君の服を持って闊歩していたらしいんだ。それも、『酒が飲める、たばこが吸える』って、ずいぶんと興奮していたそうだ」
 プルソンの奴……!
 と、ベッティーナは心のうちで盛大なため息をつくとともにいらっとせざるをえない。
あれだけ忠告したにもかかわらず、酒やたばこのことばかり考えて、周りを見ていなかったらしい。
 彼らしいと言えばそうだが、この事態になってはそう寛容でもいられない。今度召喚した際には、叱りつけなくてはならない。
 が、それ以前に今を切り抜けなればそんな機会さえなくなってしまいかねなかった。
「……それだけで、私と決めつけるのはできないのでは? ただその悪魔とやらに服を盗まれた可能性もあるかと思いますが」
「はは、あくまで認めないか。いいや、それはないな。ラファは一連の流れを見ていたようだからね」
「つまり、前々から私を疑って見張らせていたと?」
「それは違うな。怪しいかなとは思っていたけど、君を調べるためにラファを放ったんじゃない。キッチンメイド長の調査をしていたんだよ。どこかから、君に対して嫌がらせをしているんじゃないかと噂が流れていたからね。実際、被害があっただろう?」
「……気づいていたのですか」
「君が隠したがってるみたいだったから言わなかったけどね。そういう人を傷つけかねない噂はすぐに、フラヴィオから報告させている」
 リナルドによれば、昨日は一日、その調査をするために、メイド長の後ろにラファをつけさせていたとのことだった。
 そうしたところ、彼女がベッティーナの服を盗んだところまでを捕捉した。それを追跡している過程で、屋敷の中をはしゃぎまわりながら高速で動くプルソンを目撃し、その後はベッティーナの動きを追っていたらしい。
 知らずのうちに見られていたようだ。
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