呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

19話 悪霊ばれ。


「君がメイド長の気を失わせたことも確認したそうだ。なかなか手荒なことをしたね? 
まぁでも、君への嫌がらせは「金をやるから」との手紙に唆されてやった犯行だと、メイド長はすでに自白もしてる。たぶん夜会に出ていた貴族の誰かの指図だ。
だから、それを咎めるつもりはないさ」
もはや、しらを切り通すことはできなさそうだった。
あまりにも証拠が揃いすぎているというか、明白に目撃までされている。女性であるという事実の方は気づかれていないようだったが、一つ見つかってしまったら一緒だ。
ベッティーナは耳飾りに触れて意識的に落ち着く。
こうなったベッティーナにできるのは、もう一つだけであった。
指を握りこみ、指輪に魔力をくわえるとプルソンを机の上へと召喚する。リナルドには見えていないはずだ。
『逃げるわよ』
 念話で端的に、こう伝える。
『は⁉ なんでだよ、ベティ。オレはこの屋敷を気に入ってるんだぜ』
『うるさい、誰のせいだと思ってるの。とにかく行くわよ。力を貸しなさい。私を黒い霧で覆うの』
『あん? だったら、あとで相応の褒美が……』
 ベッティーナは、言うに事欠いてそんな主張をするプルソンに睨みをきかせる。
 褒美どころか説教をくれてやりたいくらいなのだ。
『な、なんだってんだよ。まぁ分かったぜ』
 褒美どころか大説教をくれてやりたい。そんなベッティーナの苛立ちが伝わったのか、プルソンは渋々といった感じながら、その全身から黒の魔力を放出しはじめる。
さすがは悪魔だ。魔力の放出ペースは、ベッティーナよりかなり早い。
そうしてできあがった黒の空気は、身体に纏わせることで、視認を阻害したり物理攻撃をもなきものにする。消費魔力が大きくて、長くは続けられないのだけれど、少しの時間があれば済む。
そう考えて姿をくらまそうとしたのだけれど……
「ベッティーノ君、隠れようとしたみたいだけど……見えてるよ」
「……のようですね」
 その黒い霧の一部が、さわさわと消えていく。反対に光の粒を撒いてるのは、リナルドの肩口で飛ぶ小さな天使だ。
悪魔と違い、その姿はリナルドにも、ベッティーナにも見えていた。
「姑息なことはしない方がいいよ。悪魔風情のやることは、あたしみたいな天使にはお見通しなんだから」
「ラファ、口には気をつけるよう、いつも言っているだろう」
天使の放つ光により、プルソンの魔力が打ち消されてしまっていた。
プルソンは力を強め、霧を一気に噴出させるが、それに対抗してラファの力も増していく。
さすがは精霊の上位存在である。並の精霊ならまず間違いなく打ち消せないプルソンの魔術を、真っ向から打ち消してしまえるのだから。
力の関係は互角と言えた。
『ベティ、こいつかなりやるぞ……? やっちまってもいいか。戦って、潰してやる!! ……天使なんて存在はよ、この世を混乱させるだけだぜ。人間の犬になりさがって、いい顔しやがってよ』
「言葉遣いがなってないなぁ。これだから悪魔は野蛮で嫌いなんだよ、あたし」
『てめぇ、言わせておけばいい気になりやがって』
 プルソンは、こう肩をいからせ威嚇をし、いきり立つ。
 悪霊・悪魔と精霊・天使はお互いのことをひどく嫌っていて、常に争いが絶えないから無理もない話だ。
が、ここで戦ったところで、目的は達せられそうになかった。
 たとえばここで、ラファを倒すことができたとして、すぐに決着がつくわけじゃない。そんなうちに、屋敷の周りを囲われれば簡単にお縄になる。
 この天使を相手に戦いを挑んだ途端、ここは敵陣の中心地へとなり替わるのだ。
 ベッティーナはそれを諦めて、プルソンの召喚を解いた。
 今逃げだすことは諦めて、ただ座り直す。
「ご主人、悪魔は引っ込んだ。こいつを捕縛するなら、今だよ」
「その必要はないよ。もういいから、下がっていて」
どういうわけかリナルドも召喚を解いて、二人きりの空間に帰ってくる。
リナルドがカップをソーサーへと戻す際に、陶器のすれる音が響くくらいには静かだった。会話がないのはいつも通りだが、空気感はそうではない。一触即発、一言でも間違えれば即爆発しそうな雰囲気が漂っていた。
「ベッティーノ君、いいかな」
 しばらくののち、ついにリナルドが沈黙を破った。
なにを言い渡されても、仕方がないとベッティーナは思っていた。悪霊や悪魔を使役するなんて、世間一般から見ればとんだ異端者で危険因子だ。
しかも、それが隣国からよこされた人質なのだから、外交問題にもなる。
これまでのリナルドなら、ベッティーナに対して甘いことも多かったが、今回ばかりはそうはいかないだろう。
牢屋に叩きこまれるだけで済むなら、いい方だ。
一応、覚悟を決める。どんな状況になることになっても、その時に逃げだす手を考えればいい。
 そう思って目を瞑っていたのだけれど、ぱちっと手を叩く音がして目を開ける。
「君に協力をしてほしい案件があるんだ。聞いてくれるかな」
 リナルドは両手を合わせて、片目だけを開けていた。
その態度は、思っていたものとはまったく違う。
少なくともなにかしらの厳しい処分が下ると思ったら、これだ。むしろ、頼み事をされてしまっている。
「……えっと」
 それ以上の言葉は、喉元から出てこない。ベッティーナがそれきり放心していたら、リナルドが言う。
「だめかな。少しでいいんだ、大きく無理な話をするわけじゃないよ。あくまで君の負担にならない程度の話だ。それに、その分の報酬はなにかしら用意するよ。食事や本でよければね。好きな物をメニューに出したり、新刊を融通しようかな」
 いや、今ベッティーナは条件面を確かめたくて返事に窮したわけではない。どう考えても、それ以前の話だ。
「あの、処分の話をするのではなくて? 私はこれから牢獄に入れられるのでは?」
「処分? 牢獄? ……あぁ、悪魔を使っていたから? はは、別にそんなつもりはないよ。まぁ違う人が見つけていたら、そういう意見もあったかもしれないけどね。精霊・天使使いがいるんだから、悪魔・悪霊使いがいてもなにもおかしくないと僕は思ってるからね。安心してくれよ」
「……普通は人に見えないものとして、恐れられるものですけど?」
「そうだね。でも、君は悪用したわけじゃないだろ。今回のメイド長の件だって、自分を守るためならしょうがないし、今逃げようとしたのも自分の安全のため。なにも咎めるところがないよ」
 だいたい、と彼は一度間をあけて続ける。
「そんな理由で君を捕まえているならもっと早くに君は捕まっているよ。もしかしたら悪霊を使ってるんじゃないかっていうのは、書庫封鎖事件を解決した時から思っていたからね。精霊たちが教えてくれたんだ」
 腹から、力が一斉に抜けていく。
 まだ細かい状況を理解しきってはいないが、特大の秘密がばれたにもかかわらず、ベッティーナは助かったらしかった。
 変人王子の、行き過ぎともいえる寛容な考え方によって。
「で、どうかな、協力してくれるかい? まぁ答え次第では、この話をばらまくっていう手もなくはないけど。そうなったら君はここにいられなくなるかもなぁ。うん、君の気に入っている書庫にも行けなくなっちゃう」
 リナルドは冗談交じりに笑いながらそう言って、椅子の背もたれに寄りかかる。
 また、これだ。ありもしない逃げ道を設けて、こちらに選択させて来ようとする。
「……協力といって、なにをするんですか」
「それは協力してくれることを確かめてからかな。あんまり部外者には口外したくないからね」
 リナルドは、そう言うと、少し上半身を乗り出してくる。
 机の上に置いていたベッティーナの手の甲を包むようにしてから、長いまつ毛の下から、こちらを見つめてくるので、寒気で身が動かなくなった。
(……まさか、こいつ)
 考えてみればおおいにありえる。
こんなにはっきりとした弱みを握られたのだ。男色の相手として迫られてしまっても、断りようがない。
それはそれで、かなりの窮地と言えた。女だとばれたら、今度こそ終了だ。
だが、そんな予想はまたしても裏切られることとなる。リナルドの口から飛び出てきたのは、意外なお願いであった。
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