呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

24話 不幸の連鎖


「……まさか君まで怪我をするなんて驚いたな」
ベッティーナとリナルドが通されたのは、白を基調としたこじゃれた内装の一室だった。入った瞬間に、彼女らしい部屋だと思う。
白は単調になりがちな色だが、木目のカゴや椅子などでうまく差し色がされてあり、統一感だけではなく、自然なあたたかみを感じるのだ。
壁面にかけられたラックには小さな雑貨などが飾られており、こだわりが随所に見える。
そんな部屋を奥へと進んでいけば、天蓋のかけられたベッドに、その彼女が横たわって毛布にくるまっていた。
枕の上で顔をこてんと、こちらへ傾けるのはオルラド公爵家のご令嬢・ミラーナだ。
「ベッティーノ様に、リナルド様、わざわざお越しいただいたのですね」
 彼女は顔をこちらへ振り向けてくれながら、頬に貼りついていた髪を払う。
夜会で出会ってからというもの、何度か会ってきたが、彼女が髪をおろしているのは、初めて見た。
気丈に振る舞ってこそいるが、見た目に気を遣う余裕がないくらいには、その怪我は重い。どうやら腰を強く打って、動けなくなったらしい。
そのため、彼女の屋敷まで見舞いに訪れたベッティーナとリナルドは直接、彼女の部屋へと案内をされていた。
もはや慣れた手つきである。リナルドは天使・ラファをすぐに召喚し、早速治療がなされる。やはりその効果は絶大のようで、少しののち、彼女はすぐに起き上がることができた。
ミラーナは、よっぽど身体を動かしたかったのかもしれない。
「さすがね、リナルドさま! それにラファも! ありがと!」
リナルドに礼を言いつつ、ラファの羽を一つ撫でると、ベッドから飛び出る。
その場で回転してみたりと、存分に身体を動かしはじめた。
「やっぱりいいわね、動けるって。二日ぶりだからなおさら」
よほど鬱憤が溜まっていたようで、声も一気に明るくなる。
が、今度は調子に乗りすぎたのか、普通に腰を痛めたらしく手を当てて、よよよと崩れこむ。
その陽気さに引っ張られて、リナルドが笑い、場の空気は明るくなるが、ベッティーナの中には不穏さがたしかに残っていた。
一つならただの不運で片付けられたかもしれないが、二度重なってしまえば偶然では片づけられない。
ベッティーナが目をつむり眉を寄せて考えこんでいたら、わずかな羽音が聞こえる。
見れば、天使・ラファが顔の周りを飛び回っていた。
「辛気臭い顔してるね。実は全部あんたの仕業なんじゃないの?」
「ラファ、やめるんだ。滅多なことを言うものじゃない」
すぐリナルドにたしなめられて、彼女は召喚を解かれる。なにかを言いかけていたが、そのまま強制的にネックレスへと戻されていった。
彼女の残していった光の粒が舞う中、ミラーナの前で『悪魔使い』と呼ばれなかったことに、ベッティーナはほっとする。
リナルドに見抜かれて以来それは、他言無用の秘密事項となっていたためだ。ミラーナのことを信用できないわけじゃないが、ベッティーナ自身、誰かにわざわざ言いたいことでもなかった。
「すまない、ベティ。あとで厳しく言っておくよ」
「いえ、構いません。事実、妙なことが起きているのはたしかです」
「……あぁ。連続することじゃないな、普通は」
リナルドがベッティーナに同調してそう言うのに、ミラーナが首を傾げる。
「なにか他にも事故がありましたの?」
「あぁ実はね。うちの司書も数日前に事故で腕を怪我したんだ。ラファがいなかったら、全治一月はかかっただろうね」
「……あら、そんなことが」
彼女は元来からつぶらな瞳を、もっと丸く見開く。
「なにか、怪我をした時のことって覚えていませんか」
ベッティーナがこう聞くと、彼女はベッドにすとんと腰を落として顎に手をやって短く唸った。
「うーん、本当に急に風が吹いてきて階段の途中から転んだってぐらいしか……。あと、そうだ。階段が濡れていましたわ。誰かが暑くて水撒きをしたのかもしれませんわね」
「……風、ですか」
それを聞いてふと思い出すのは、ヒシヒシと対峙した時のことだ。
その後の事態が強烈だったから記憶から飛んでいたが、あのときベッティーナは突然の突風により彼女の前へ飛び出してしまい、それを守りに入ったリナルドが窮地を迎えた。
今に考えてみればあれも、おかしな現象だ。
まるで狙ったかのようなタイミングで、背中を突き出された。
もしあれが誰かの企みによるもので、今回ロメロやミラーナに降りかかった災難もその人物によるものだったら?
対象がベッティーナから、周りの人間へと移ったということだったら?
まったくありえない話ではない、実際最近ではベッティーナへの嫌がらせは凪になっている。
「顔を上げてくださいな、ベッティーノ様!」
 そう言われてやっと、俯いてしまっていたことに気がついた。
 はっと前を向くと、ベッドから再び立ち上がったミラーナがベッティーナのすぐ手前までやってきている。
 少し腰をかがめて、下からのぞき込んでくるは、顔全体で表現された笑みだ。怪我をした本人だと言うのに、心底楽しげに映った。
「変に考え込んでいても仕方がないですわ、こういうのは。たまたま不幸が二回重なっただけのことです。それも、リナルドがいたから、どちらも助かってますわ」
「……そう言われれば、そうかもしれませんけど」
「けど、でも、じゃありませんわ。それに今となっては、不幸かと言えばどちらかと言えば、幸せかもしれません」
 そればっかりは、要領を得ない。
 ベッティーナが眉間にしわを寄せていたら、彼女は手を大きく広げる。
「自然の流れで、ベッティーノ様をわたくしの部屋に呼ぶことができましたわ。まぁリナルド様もいますけど」
「おいおい、僕は邪魔者扱いかい?」
「ヒールしてくれたことは感謝してますけど……、そうですわね、よくて添え物?」
「おいおい、ずいぶんな言われようだな」
二人はまた愉快そうに笑いあう。それからリナルドはベッティーナの肩を軽く一回叩いた。
「君は少しネガティブに考えすぎるんだ。もう少し気楽に構えているといいさ」
いつもの余裕がある、爽やかな笑みが投げかけられる。
それから彼は見舞い品として持ってきた土産の披露を始めた。そうして、話題が移り変わっていく。
だが、賑やかしくなる部屋のかたわらで、一人。ベッティーナの心の中からざわつきは消えない。とにかく冷静にならねば、とイヤリングを触るが心が落ち着いていかない。
 この白くて明るい部屋にいることさえ、場違いに感じるのであった。
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