呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

7話 すべては関係のないこと



「すべては関係のないことよ」
 ……というのが、ベッティーナの至った結論であった。
 研修や食事、湯あみが終わり、部屋に帰ってきてすぐ。
いつもなら体力の関係から寝て起きたら朝だったが、あんな事件が起きてはそうもいかない。
邸内の消灯も終わった深夜。
絶対に人が入ってこないよう、扉に侵入を妨げる魔法をかけたベッティーナは、契約を交わしている悪魔・プルソンを自室へと呼び寄せていた。
心なしか、いつもよりにやにやと唇が吊り上がっていた。なにやら生き生きとして見える。
ここへ来てから彼には、人に見えないことを活かして、邸内の情報収集の役割を担ってもらっていたが、退屈していたのかもしれない。
やっと面白い話が舞い込んだとでも思っているのだろう。
『それは、あの天使使いのガキが嘘ついてるかもって話のことか?』
「そうよ。そんなことはどうでもいいの。私にとって大事なのは、悪霊の仕業で書庫に入れない現象が起きていることだけ。リナルドが悪霊を浄化するつもりがないなら、気にする必要はないわ」
『ひひ、調子出てきたじゃねぇかベティ。協力なんてガラじゃねぇもんな。これまでだって、一人でやってきたわけだし』
「いいから、さっそく行くわよ。まどろっこしいのは嫌いなの」
 ベッティーナは、寝間着の裾をたくしあげると、あたりを警戒しながら部屋を出る。
 暗闇でも目が効くのは、一つの特技みたいなものだ。広い邸内をいっさい迷うこともなく抜け、外へと出る。
 警備の目をかいくぐりながら、書庫へと向かった。
もう一度、扉を少し引いてみる。
「昼間に感じた時より内側から流れてくる瘴気が強くなってるわ」
『ひひ、強くなるってこたぁ、よっぽど憎しみが強いようだな』
 そう、悪霊も精霊も、霊は基本的には魔力を放出しながら生きながらえている。
そのため、魔力の放出量が急激に上がる『霊障』の発動時は、霊自身でも魔力のコントロールが効かなくなっている場合が多い。
 放っておけば、そのまま力尽きる。
この分ならば、もっても明日の日暮れまでだろう。そうなれば霊障は終わり、書庫は開く。だが同時にそれは、苦しむ彼を見捨てることになってしまう。
「やるわよ、プルソン」
『ひひ。物好きだな、まったく。どうせオレたち霊ってのは、誰かと契約したりして魔力をえられないかぎりは、遅かれ早かれいずれ消える存在だぜ? オレがお前の立場なら、間違いなく放置してるところだ』
「うるさい。分かってるわ、それくらい。でも、放ってはおけないの」
霊は、その未練が晴れたり、心願が叶うことでも消える。どうせならば、その方向に導いてやりたい。
ベッティーナは忍び足で、書庫の周りを一周する。強力な結界が形成されていたが、一部の窓からはカーテンの隙間から中を窺うことができた。
書庫の中を紙や本が舞っていた。
 そんななかに、読書用の机の前に対象の悪霊を発見する。
 人型を取っていたから、それなりの思念を持つ存在のようだ。
 それは椅子のうえに膝を乗せ、小さくなって座っていた。見たところ、大人しそうな青年のような容姿だが、机の上に大量に積まれた本や紙に邪魔されて、その顔は窺えないがその奥で一冊の本をめくり返している。
中で暴れまわるような様子ではなかった。タイプで言えば、内向型。しかしその悪意は、暗がりの中でも一層深い闇を周囲に立ち込めさせている。
「周りを見張っておきなさい、プルソン」
『けっ、なんだ。オレはまたそういう役目かよ。ま、任せておけ。見張りがきたら、そいつはちびるまで脅してやるよ』
「余計な事をしないでもらえる? ただ寄せ付けないだけでいいわ」
 プルソンが舌打ちをするが、ベッティーナはそれを完璧に受け流す。
 すると諦めたように背中を向けて、周囲の警戒に入った。それを確認してから、ベッティーナはまず心を落ち着き澄ませる。
腹のあたりから黒い霧のようなものが立ち上ってくる感覚があれば、それが魔力だ。身体の表面から、黒の魔力を発する。
その状態で書庫の内側へと語りかけた。
『……あなたは、何者なの?』
 実際に声を出しているわけじゃない。
これは、念話という魔法だ。
黒の魔力を活かすことで、声を出さずとも悪霊との意思疎通をはかることができる。
 普段、プルソンと普通に会話を交わしているのは魔力の消費を抑えるためだ。
 とある事情で、ベッティーナの魔力量は限られている。そして疲れるのは好きではないという、ただそれだけの理由である。
 返事はなかった。
聞こえていないのかと疑ってしまうぐらい、うつろな目をしたままベッティーナを見ようともしない。
 同じ悪霊でも、生い立ち次第でその性格は変わる。彼は寡黙で内気なほうなのだろう。
 だからベッティーナは勝手に続けることとした。
『あなたはどういうわけでこの霊障を引き起こしているの? なにか理由があるのかしら。あるなら、正直に言った方がいいわよ。これ以上むやみに魔力を放出し続けたら、あなたは未練を果たせずに消えてしまう』
 返事はないだろうと、半ば決めつけていた。
『……清き志を奪うな』
 が、それは地面に落とすようにぼそりと呟かれる。
 何度も何度も繰り返すから、錯乱しているようだった。少なくとも、まともなコミュニケーションは望めそうになかっただが、この程度で諦めたりはしない。
 さらにいくつかの質問をぶつけては、その反応から情報を得ようとする。
『……今回の霊障の原因は、やめることになったここの司書が関係あるの?』
 そして、ここではじめて彼の纏っていた暗い空気がわずかながら揺らいだのをベッティーナは見逃さなかった。
 リナルドが言う『司書がかけさせた妨害魔法だ』という説は的外れではあったが、関係はあるらしい。
『その司書があなたにとって大事な人間だったの?』
 糸口を得たベッティーナはさらに質問を投げかける。
『あなたは、やめた司書に特別な思いを抱いていた?』
連想される理由をいくつか聞いてみたが、そこから瘴気が揺らぐことはなく完全にふさぎ込んでしまった様子だ。
 ベッティーナは、そこでその悪霊に話しかけるのを諦める。これ以上、同じことをしていても意味がなさそうだった。
 冷えた夜の空気に、ため息をつく。こうなったらしょうがない。
『……プルソン。例の黒魔術を使うわ』
 辺りの警戒を行わせていた使い魔へ向けて念話を使い、こちらへと呼び寄せる。
『ひひ、待ってたぜ、そう言ってくれるのを。やっと面白くなってきたじゃねえかよ』
 さっきまではつまらなさそうにしていたというのに、これだ。
 浮かれすぎたプルソンはベッティーナの周りを旋回しながら、不気味な笑い声をあげる。しかも、どんどんと高笑いになっていく。
 もしその声が誰か他人に聞こえていたなら、間違いなく誰もかれもが逃げる。顔が見えていたなら、たぶん気を失う。
 が、ベッティーナにとっては、ただただ煩わしいだけだ。
『プルソン、うるさい。……それで、なにをお望みなの?』
 悪魔は特殊な力を貸す際、なにかを要求してくる。
それに応えることで力を貸してくれるのだが……
『簡単な話だ、聞くまでもないだろ? オレが欲しいのは、酒だ。できればうまい白のワインが浴びるように飲みてぇ。それとつまみも用意しろ』
 プルソンの場合、実に簡単だ。
『……まったくあなたって本当、煩悩の塊ね。そればっかりじゃない。霊が飲み食いしても、栄養になるわけでもないのに』
『ひひ、分かんねぇ奴だな、ベティも。そんなのはうまくて酔えれば関係ねぇんだ。普段は我慢してやってるんだ、いいだろ? しかしまぁ酒の魅力を知らないなんて、もったいねぇな』
 プルソンとはもう数年来の相棒だが、この点においてはまるで分かり合えない。
 普通、霊というのは浄化作用のある酒類を嫌うはずなのだが、なぜかプルソンはそれを好んで求めるのだ。今でこそ禁じているが、初めて彼と出会った数年前には勝手にそこかしこから盗んできたこともあって困ったものだ。
 たぶん前世では、とんでもない酒豪だったのだろうが、それは考えて分かるものではない。
 ベッティーナはため息をつく。面倒には思ったが、機嫌のすこぶるよくなったプルソンに急かされる形で、一度部屋へと引き返した。
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