ハイドアンドシーク
葛西くんが去っていったほうを見つめる。
その先にあるのは西棟だ。
いつだって静かで、人の気配がしない西棟では、一体どれくらいの人が息をひそめて生活しているんだろう。
東の人ならきっと1分も我慢できないだろうな。
と、考えたところで、さっきみんなを馬鹿にされたことを思い出してあとから腹が立ってくる。
今からでも追いかけてひとこと言ってやろうかと思っていたとき、
「……鹿嶋」
咎めるような声色にあわてて否定する。
「い、行ってない。向こうから近づいてきたんです」
「それはわかってる。……なんか、されたか」
もっと強く首をふった。
ようやく東雲さんがふっと肩の力を抜いて、そのままわたしの首元に手を伸ばしてくる。
なにかと思えば、どうやらずっと頸を手で覆ったままだったらしい。
オメガにとって頸は、命よりも大切な場所だった。
アルファにそこを噛まれるとわたしの意思に関係なく、番という契約が成立してしまうから。
番になったら最後、そこには消えない痕が残る。
けれどもう脅威は過ぎ去った。
隠す理由もなくなったから手を緩めた、のに。
東雲さんが微かな不満を表すように目をすがめた。