ハイドアンドシーク
「ん、えっなに……?」
「……別に」
「べつにの顔じゃなかったじゃん」
そういえば、あの男は結局なんのためにわたしに近づいてきたんだろう。
オメガが嫌いだから? 女であることがバレたから?
それか、東雲さんの弱みだとでも思ったのかな。
だとしたらそれは少し見当違いだ。
東雲さんがわたしの首を柔く撫でる。
くすぐったいけど、嫌な感じはなかった。
東雲さんにされて嫌なことなんて、なにも。
「ねえ、誰か来ちゃいますよ」
「わかってる」
「だからわかってるの顔じゃないんだって」
わたしは東雲さんの弱点にはなれない。
だって、この人と一生を共にするなんて、できないのだから。
いつかは別れないといけない時が来る。
それはきっとそう遠くはない未来。
「東雲さんは許可、いらないんだ」
「いるわけ?」
「……いらないけどさあ」
なんでそんな堂々としてるんだ、と一周まわって可笑しくなった。
「わたし、東雲さんの幼なじみでよかった」
そっと目を閉じて、温もりに頬をすり寄せる。
葛西くんよりも東雲さんのが、ずっと。
目の前のひとから今にも酔ってしまいそうな匂いを感じたとき、目の縁がすこし熱くなった気がした。