一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「では、かんぱ〜い!」

 景気良く声を上げて缶ビールを掲げたのは美礼だ。そこにお茶の入ったグラスが二つ合わさった。
 ダイニングテーブルでは、カセットコンロに乗せられた土鍋から、グツグツという音とともに湯気が立ち上っていた。そこに手が届かないようにチャイルドチェアに座る灯希は、その湯気が気になるのか不思議そうな顔で見上げていた。

「大智は飲まなくてよかったの? ビール」

 さっそく缶を口に運ぶ美礼は大智に尋ねる。

「僕はいいよ。あとで灯希と風呂に入るつもりだし」

 地鶏出汁の香る塩味の鍋から、煮えた具材を取り出しながら大智はさらりと言う。自分は先に聞いていたから驚きはしなかったが、向かい側で美礼は目を丸くしていた。

「えっ! いきなりお風呂に挑戦? 由依ちゃん、いいの?」
「あ、はい。今から慣れておきたいって、大智さんが。心配はしてないです」

 彼が取り分けてくれた皿を受け取り、灯希用に具材を小さくしながら答える。
 大智から聞いたとき、最初はいきなりは大変だしと思った。けれどよくよく考えると、お風呂から上がったあと走り回る灯希を、他人の家であられもない格好で捕まえることになるかも知れない。そう考えると、彼にお願いしたほうがいいのではと思い直したのだ。

「シミュレーションはしてあるし、子どものいる友人からコツも聞いておいた」

 真面目な顔でそう言い出す彼に、美礼は呆れたような表情を返す。

「シミュレーションってねぇ……」
「何事も、やってみないとわからない。大丈夫だ。間違っても溺れさせるようなことはしないから」

 淡々と答えながら、大智はせっせと鍋から具材を取り出していた。バランスよく肉や野菜を入れて、最後に出汁を足されたその皿は、自分の前に置かれた。

「由依も食べて」

 灯希が食べ始めたからか、彼は横に座る自分にそう言って微笑む。美礼がいるところでも、当たり前のようにそんなことをされて、なんだか照れ臭い。

「ありがとうございます。いただきます」
「も〜! お熱いなぁ。ねぇ、灯希くん」

 美礼が茶化しながら話しかけると、灯希が「あいっ!」と手を上げて返事をする。そんな光景に、テーブルでは笑いが溢れていた。
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