一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「若木さん! おはようございます。どうされたんですか?」

 こんなところで会うのは初めてだ。おそらく自分を待っていたのだろう。それに不安を感じつつ尋ねた。

「ごめん、仕事前に待ち伏せして。今、ちょっとだけいい?」

 いつもと変わらない、飄々とした笑顔で言う彼に「はい」と頷く。すると彼は、人気の全くない廊下なのに辺りを気にするように伺ったあと、自分に近寄った。

「最近さ、変わったことない?」

 ヒソヒソと小声で尋ねられ、思わず間近の彼を見上げる。

「変わった……ことって?」
「なければいいんだけど。例えば……誰かにつけられてるとか、知らない人が周りを彷徨いてるとか……」

 自分が鈍感なのだろうか。思い返しても、そんな人物に心当たりはない。

「いえ。ない……と思います」

 考えた末に返事をすると、彼はなんとなくホッとしているようだった。

「あのっ、まさか大智さんに何か?」

 思い当たるのはただ一つ。自分は姿を見たことのない、大智のストーカーのことだった。
 若木先生は顔を顰めながら頭を掻くと口を開いた。

「実は、大智に付き纏ってた例のお嬢様なんだけど。どうも美礼ちゃんが、婚約者じゃないって知ったらしいんだよ。それだけだったらまだよかったんだけど、他に相手がいるってのも知られたらしくて」

 苦々しい表情で言う彼に、強張らせたままの顔を向けた。そして彼は、軽く息を吐き出し続けた。

「うちの事務所は出禁にしてあるし、口止めもしてあるんだけど。まさかあの社長の取引先が、このビルに他にもあったなんて知らなくてさ。お嬢様は色々手を回して、大智の様子を探ってたらしい。俺も巡り巡ってこの話しを聞いたばかりで。それで由依ちゃん、大丈夫かなって」

 あくまでも口調は軽い。けれどどこか、切迫したようにも感じられる。

「今のところは何も。心配してくださって、ありがとうございます」

 お礼を述べると、彼は表情を緩めた。

「やっぱ由依ちゃん、いい子だよな」

 納得したように口にすると、彼は顔を綻ばせる。

「とりあえず、少しでも変わったことがあれば、すぐ大智に連絡して。もし掴まらなかったら、美礼ちゃんとかさ。とりあえず、俺も動きがあれば知らせるから」
「はい。わかりました。よろしくお願いします」

 軽く頭を下げると、彼は軽く手を上げて風のように去っていった。
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