一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 取り留めもない話しをしながらゆっくり歩き、公園のそばを通り過ぎる。最後に一方通行になっている角を曲がると、数軒先に家が見えてきた。

「今日は眞央も、久々に腕振るうって張り切ってたぞ」
「本当? 楽しみだなぁ」

 声を弾ませながら家の前を見ると、薄暗い道路に人影が浮かんでいた。

「ん? 客か?」

 樹もその人に気づいたようだ。背中を向けたその人は、大きいほうではない自分よりも、さらに小柄な女性だった。

「由依の知り合い?」

 灯希を抱えたままの樹に尋ねられる。近所には灯希の保育園で知り合った人はいるが、見覚えはない。首を振って返すと、樹は進み出す。そのあとに自分も続いた。
 ちょうど門の真ん前に立ち止まるその女性は、暗い中でもわかる、真っ白なフレアコートを着ていた。背中に届く長い黒髪はその白いコートに綺麗なウェーブを描き、彼女が辺りを見渡すたびに揺れていた。

「うちに何か用?」

 声を掛けられ、その人は振り返る。近くで見ると、一層華奢な人だった。前髪は綺麗に切り揃えられていて、人形のように可愛らしいその顔を飾っていた。

「申し訳ありません。お邪魔ですね」

 鈴を転がすようなと形容したいほどだの可愛い声で彼女は謝ると、そのまま続ける。

「あの。駅がどこかわからなくて。教えていただけませんか?」

 不安気な表情を見せる彼女に、樹は素っ気なく「そこを左に曲がって真っ直ぐ行けばいい」と答える。

「ありがとうございます」

 彼女はニッコリと笑顔を作りお礼を述べたあと、樹に抱えられている灯希に視線を送った。

「お子さん、可愛いですね。お父さんにとても似ていらっしゃる」

 たまに尋ねるられるこの質問。今までは曖昧に誤魔化していたが、何故か急に誤魔化したくないと思ってしまう。
 横から「いえっ、ちがっ……」と口を挟もうとすると、樹にそれとなく制された。

「あぁ。よく言われる。じゃあ、俺たちはこれで」

 いくら見知らぬ人だとしても、こんなに冷たくあしらう樹は珍しい。不思議に思いながらも、彼女に頭を下げて前を横切ると樹に続いた。
 センサーに反応し玄関先が明るくなると、樹は玄関の鍵を開けている。気になって振り返ってみるが、もう彼女の姿はなかった。
 樹は先に玄関に入り、灯希を下ろし靴を脱がせている。その間に鍵をかけ振り返ると、灯希はすでに軽い足音を立てて奥に走って行った。
 そして樹は、はぁっと深く息を吐き出すと、ゆるゆると立ち上がった。
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