一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 玄関先まででいいと言う美礼と若木先生を見送りドアを閉める。途端に、さっきまで賑やかだった家の中に静寂が訪れた。

(そっか。灯希、いないんだった)

 灯希が生まれて一年と半年。ずっと家の中にその気配を感じる生活をしていたからか、今ではそれが当たり前のように感じてしまう。
 反対に今は、二年前のあの日以来、彼と過ごす二人きりの夜。それを自覚すると、気恥ずかしさと、少しの期待と、不安が押し寄せてきた。

「由依、お風呂のお湯は入れておいたよ。すぐに溜まるから。今日は疲れただろう? 早めに休もうか」

 ぼぉっと突っ立ったままの自分の顔を彼が覗き込む。

「え! あっ、はい!」

 顔を上げると、ゆったりと優しい笑みをみせる彼の視線と、自分の視線が交わる。その瞳にどこかあの日のような熱を孕んでいるのは、きっと気のせいではない。
 彼は自分を背中から抱き寄せると、その胸に収めた。

「キス……していい? いや、したい」

 熱に浮かされたように囁く彼の声に、おずおずと顔を上げる。言葉なくてもその返事を受け取り、彼は顔を傾けた。
 瞼を閉じると、見た目より熱い唇が重なる。自分の唇を喰むように蠢くそのしっとりとした唇は、徐々に深さを増した。

「んんっ……」

 彼の腕に必死でしがみつき、唇の隙間から必死で呼吸をする。その間さえ彼の唇は許してくれない。もっと、と言いたげに口の中に押し入る舌が歯列をなぞり、体中を駆け巡る電流が体を勝手に跳ねさせる。その愛撫に稚拙に応え、甘く淫らなキスを繰り返した。

 名残り惜しそうに唇を離すと、彼は自分をギュッと抱き寄せた。自分も彼の背中に手を回し、その温もりを感じていた。

「由依が可愛くて、どうにかなりそうだ」

 吐息混じりの切なげな声だけでも、体の奥が疼いてしかたない。忘れかけていた艶めかしい感情が、自分の中にもあるのだとはっきり悟った。

「今日は……やり直しをする日、なので……」

 あの夜、愛されるはずなどないと思いながら、自分から彼を求めた。全ては自分の勘違いなんだと、そう自分に言い聞かせて。だから今日は、あの日の感情も塗り替えたい。

「そうだね。じゃあ……」

 彼はそう言うと、自分に顔を向けた。

「一緒に、お風呂に入るところから始めようか」
「えっ?」
「バスタブは二人入れそうな広さだよ。楽しみだ」

 強請るような悪戯っぽい笑み。驚いて声を上げる自分に、彼は満面の笑みを浮かべた。
 その初めて見る彼の顔に、頰を紅潮させながら小さく頷いた。
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