一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「私……もう、帰り……」
「水族館。行ってみたいんだ。付き合ってくれない?」

 俯いたまま弱々しく言いかけた由依に、大智は慌てたように声を被せる。

「水族館……ですか?」

 顔を上げ尋ねると、大智はどことなくホッとしたような表情で続けた。

「そう。実はクライアントに話を聞いて。行ってみたらどうかと言われたんだが、一人で足を運ぶのもと躊躇っていたんだ」

 大智が声を掛ければ、付き合ってくれる相手など数えきれないほどいるだろう。けれど、だからこそ気軽に声など掛けられない。その気もないのに、気を持たせるようなことはしたくないはずだから。

(もう少しだけ……。思い出が欲しい……)

 もうここで終わりにしようと思っていたのに、まだ大智と一緒にいたいと欲望が芽生える。これが最後だと自分に言い聞かせながらギュッと手を握り、心を決めると大智を見上げた。

「私も、行きたいです。長い間行く機会もなかったので」

 硬い表情で告げる由依に、大智は表情を和らげる。

「……良かった。ありがとう」

 微笑みを浮かべた優しいその顔に、由依は泣きたくなるような、そんな切ない感覚を覚えていた。
< 64 / 253 >

この作品をシェア

pagetop