侯爵夫人の復讐
キルアのそばをセドルが静かに通り過ぎる。
その際、セドルはこそっと呟くように言った。
「おしゃべりに夢中になっていたので、紛れ込ませるのは簡単でした」
キルアはふっと笑う。
「あなたも悪い人ね」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
デリーは執務の大半をキルアに押しつけている。
ただし財産管理だけは義母がおこなっていた。
義母はキルアの実家の遺産を使って自分の宝石やドレスを大量に購入している。
そして義父も高価なワインや骨董品などを集めている。
デリーも例外ではない。
キルアの金を使って愛人のソフィアにバッグやドレスや宝石を買った。
さらに、ふたりで出かけるときは高級レストランで食事をし、観劇を楽しんでいる。
そのあいだ、キルアはデリーの仕事をおこなう。
外出することは禁じられているので、唯一の楽しみは自室でセドルが活けた花を眺めながらささやかにお茶をすることだけだった。
屋敷の中は静かだった。
デリーは部屋に閉じこもり、義母は息子のご機嫌取りをする。
義父はどこかの愛人のところへ逃げていた。
キルアはしばらくのあいだ心穏やかに過ごすことができた。
セドルの用意したアロマキャンドルを炊いて、彼の淹れた茶を飲みながら、甘酸っぱい苺のケーキを食べた。
結局デリーの顔の腫れが収まったのは10日後のことだった。
キルアはその日も朝から静かに過ごし、ゆったりと紅茶を飲んでいる。
セドルはそばに立ち、直立不動の姿勢でいる。
「今日はソフィアが来る日かしら?」
「そのようです。旦那さまが今朝予定を話しておられましたから」
「そう。面倒ね」
「ご心配なく。手は打ってあります」
真顔ではっきりとそう告げるセドルに、キルアはクスッと笑った。
「あなたのそういうところ、好きだわ」
「ありがとうございます」
セドルは軽く会釈をした。
しばらくするとデリーがソフィアとともに帰宅した。
使用人たちは一斉にふたりを出迎えるために玄関ホールに並んだ。
キルアは控えめな場所からふたりを見て、笑みを浮かべていた。
「さあ、どんなショーが見られるかしらね」